国際ソロプチミスト松山会長賞
佐々木 后里(湯山中学校3年)
「心の平和」
 私が小学校二年生の冬。父の仕事の都合で家族全員で沖縄へ引っ越すことになった。一時間半の飛行機の中で、私のそれまで会った友達と別れた悲しさが、沖縄の美しい友達と、新しい友達と出会う、期待に変わった。
 沖縄の那覇空港に着いて、車で移動していると、とても美しい海が輝いていた。しかし、その美しい海がある沖縄の人は、かなしい心も、もっていたのだ。
 新しい小学校へ行った。クラスメートの子は、私にとって親切に接してくれた。二年生、三年生、四年生。とても楽しい日々を送っていた。
 五年生のころ、総合的な学習の時間、沖縄の地上戦についてや、米軍基地がなぜあるのかんど平和学習が始まったころから、友達が一人二人と私に対して態度が冷たくなった。その時はただ、機嫌が悪いだけだろうと思った。清掃の時間、水をまいていた友達が突然ホースを私にむけ、私は全身ずぶぬれになった。先生に呼ばれた時も友達は、「后里が、私に水をかけてきたので、しかえしをしてやったんです。」と私のせいになっていた。私は、「なにもしていないのに。」と心の中で思っていた。その後もぞうきんを投げつけられたり、うわぐつの中に押しピンが入っていたり、机の中に虫が入っていたりといろいろなことがあった。「イジメなのだろうか、何か直さないといけないことがあるのだろう。」と考え始めた。
 翌日、私はおもいきってその子達に事実を聞いてみた。反発されるだろうという思いとは逆に、「后里、ごめんね。」と全員が言ってくれた。どうやら、平和学習で米軍基地などを調べた時、その子達の祖父母から、「今は、沖縄も日本に入ったけどね、昔は沖縄は、日本に捨てられたんだよ。日本で唯一の地上戦があって、沖縄の人がたくさん死んだのに、なんの保障もないうえに、今も、米軍基地が沢山あるんだ。日本は自分がのがれるために、沖縄を犠牲にし、私らは、つらい目にあっていたんだ。今現在もね。日本はひどい国だ」ときいたそうだ。その話を聞いた子達は、日本本島の人をうらんだと言う。私が、本島から来た人と知って腹がたったのだそうだ。
 このように、沖縄ではまだ、戦争に関してのつらい思いが語られている。私の他に、本島から来た人も私と同じような目に合っていた。昔の事と思いがちだが、これは、今現在も沢山の米軍基地があることや戦争のことをよく知らないでいる日本の人々に対しての「心のさけび」ではないかと私は思う。
 平和学習をして、人を憎みいじわるをしてしまった友人たち。戦争とは本当にこわいものだと思う。六十年たった今も人の心をこわす力をもっている。それと同時に、人の心の弱さを思う。
 私は、日常生活で心の中に強さをもっていたいと思う。周りに惑わされることなく正しいことを正しいと言える強さと、人への思いやりを見失うことなく生きていきたいと思う。心の平和が世界の平和につながる思うから。

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