時の松山藩主 松平隠岐守定直は義士たちを武人の鑑として丁重にあつかった。 |
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後にこのことを知った播州赤穂の人々は、赤穂の特産の櫨の苗木を感謝の記念として、松山に送り届けてきた。 |
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松山藩ではこれを石手川の堤防とこの堀の堤に植えた。 |
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春は鮮やかな新緑で、秋は辰砂色の紅葉で松山の四季を彩り、 |
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赤穂義士の快挙への思いのよすがとなっていたが、今はこの木のみとなった。 |
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因みに菅谷半之丞政利は伊予郡松前の生まれであり、杉野十平治は與居島の人である。 |
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中村勘助正辰の娘るりは大洲新谷に嫁いで来た。 |
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こうして考えると大洲藩の名産ろうそくにも関係があるかも知れない。 |
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平成十年十月吉日 道後部落 |
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道後水利組合 |