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石田波郷句選 三千百九十五分の二百一句
1987/10/1〜1988/9/23 えらび人しらず
鶴の眼 1939 (昭14).8.25 沙羅書店発行
風切 1943 (昭18) .5.5 一条書房発行
病鷹 1946 (昭21) .11.20 壺俳句会発行
雨覆 1948 (昭23) .3.25 七洋社発行
惜命 1950 (昭25) .6.15 作品社発行
春嵐 1957 (昭32) .3 (ろうかん)洞発行
酒中花 1968 (昭43) 4.15 東京美術発行
酒中花以後 1970 (昭45) .5.26 東京美術発行
鶴の眼(363句)初期―1939 昭和14年
春 バスを待ち 大路の春を うたがわず 注1
あえかなる 薔薇握りをれば 春の雷
さくらの芽の はげしさ仰ぎ 蹌ける
夏 音も無き 苺をつぶす 雷の下
露の駅 中学生の たまりくる
朝刊を 大きくひらき 葡萄食う
洗面の ミルクに霧の うごきくろ
描きて赤き 夏の巴里を かなしめる
日覆に 少女は水を 瀧なさしめ
百合青し 人憂々と 停らず
ひとの家の 金魚赤からず 汗謗詑
萩青き 四谷見附に 何故か佇つ
飯食ひに 出づるばうばうたろ 梅雨の中
百日紅 ごくごく水を 呑むばかり
秋 雀らの 乗ってはしれり 芋嵐
はたはたや 体操のクラス 遠くあり
秋の暮 業火となりて 秬は燃ゆ
新凉の 書肆水うてり 人のひま 
颱風に 吹かれ吹かれつ 投函す
吹きおこる 秋風鶴を あゆましむ
道帰る 秋日の艫に うずくまり
冬 檻の鷲 さびしくなれば 羽摶つかも
枯れ澄みし 天城を縫ひて バスの揺れ
スキ列車 あさき睡を 歪み寝る
雪嶺よ 女ひらりと 船に乗る
雪嶺の 発破を眉の へに聞けり
寒林を しばらく兵の よぎりたり
篁の 鉾ゐならべり 冬構
冬青き 松をいつしくに 見るときあり
考へおれば 一等兵 牡蠣を食ひ去る
注1 銀座千疋屋
風切(318句)1939 昭和14年―1943 昭和18年
春 初蝶や わが三十の 袖袂
夏 桐の花 昼餉了や 憂かりけり
女来と 帯纏き出づる 百日紅
紫蘇濃ゆき 一途に母を 恋ふ日かな
旅なれや 牛が飲みたる 清水掬む
額咲いて 鋏おもたき 女かな
葭雀 二人にされて いたりけり
百日紅 近づかず 道曲がりけり
白鷺を 遊ばせゐるや 田草取
七夕の 国府津に 雨の上がりけり
秋 蟋蟀に覚めしや 胸の手をほどく
通夜の座の端更けにけり 十三夜
朝顔の 紺のかなたの 月日かな
露光る 教師かこまれ 来りけり
秋の夜の 尺も鋏も 更けにけり
名月や 門の欅も 武蔵ぶり
一高へ 径の傾く 芋嵐
槙の空 秋押し移り ゐたりけり
冬 寒椿 つひに一日の ふところ手
熱き茶を 飲んで用なし 寒雀
寒三日月 新婚の車 砂利踏み出づ
寄席を出し 目鼻に寄るや 冬の霧
年越しの 女中おとしと 詣でけり 注2
雪の竹 沼に傾き はじめけり
や 一月沼の 横たはり 注3
春を待つ 人篁に かくれけり
夏 椎若葉 わが大足を かなしむ日
水無月の 青女房の嘆言かな
注2 ゆぜん神社
注3 (ろうかん) 美しい竹をいう語
病鷹(111句)1943 昭和18年―1945 昭和20年
冬 秋の夜の オリオン低し 胸の上     
石竹や おん母小さく なりにけり
夕蝉の しばらく地虫 めきにけり
わが胸の 骨息づくや きりぎりす
雲幾重 楡幾群や 秋ふかし
秋の夜の 俳諧燃ゆる 思かな
ひきかぶる 衾みじかし 冬の宿
昭和26年4月 東京・江東区砂町 (38歳)
雨覆(273句)1946 昭和21年―1947 昭和22年
終戦直後から東京療養所入院直前までの北砂町時代
冬 口に出て わが足いそぐ 初しぐれ   
百方に 餓鬼うずくまる 除夜の鐘
牡丹雪 その夜の妻の にほふかな
細雪 妻に言葉を 待たれをり
春 立春の 米こぼれおり 葛西橋
夏 六月の 女すわれる 荒筵
菖蒲剪って 盗みめくなり 夕日射
西日中 電車のどこか 掴みて居り
夏河を 電車はためき 越ゆるなり
秋 野分中 つかみて墓を 洗ひおり
惜命(506句)1947 昭和22年―1950 昭和25年
入院から退院までの東京療養所時代
百千の 墓冬空の食入れろ
霜の墓 抱き起こされし とき見たり
咳き臥すや 女の膝の脅えをり
胸の上に 雁行きし空 残りけり
病みて長き 指をあらせり 蝌蚌の水
鰯雲 ひろがりひろがり 創痛む
黄葉との間に 雨降り 麺麭焼けり
病む六人 一寒燈を 消すとき来
枯木道 死なざりし影 徐かに曳く
清瀬村 医療区に鐘 雪降り出す
白き手の 病者ばかりの 落葉焚
寒むや吾が かなしき妻を 子にかへす
妻恋へり 裸木に星 咲き出でて
雪はしずかに ゆたかにはやし 屍室
力なく 降る雪なれば なぐさまず
春雷の 熄みし口洞 閉づるかな
蟻地獄 病者の影を もて蔽ふ
乙女獲し 如きかむ薔薇を 挿して臥す
均斉に 桜桃並ぶ心 安からず
夜も其処に 立ちをり 梅雨の喬松
梅雨の蝶 妻来つつある やむしれず
七夕竹 惜命の文字 隠れなし
雷去りぬ 胸をしずかに 濡らし拭く
病廊を 来る跣足の 小鯵売
驟雨過の 松の点滴 浴びゆくや
病者地に 書き語らへり 韮の花
暁寒く コップに水の 残り死す
黄ばむ森に かがるや後 ふりかへる
接吻もて 映画は閉じぬ 咳満ち満つ
病廊覗く 時雨の犬が 足かけて
冬日腰に 看護婦が語る 映画進む
雪降るほかなし 病床昼の燈を掲げ
この期間は、「惜命」を頂点に、波郷の生涯のうちで最も艱難を極めた歳月であったが、同時に、波郷俳句が最もも冴え冴えとした光芒を放った時代であったともいえる。
春嵐(424句)1950 昭和25年―1957 昭和32年
退院後の北砂町時代
春嵐 鉄路に墓を 吹き寄せぬ
桜桃を 洗ふ手白く 病めりけり
虹を見し 子の顔虹の跡もなし
一病窓 冬雲をもて 塗りつぶす
手花火を 命継ぐ如 燃やすなり
捕虫網 踏みぬ夜更けの 子の部屋に
七夕竹 運河岸壁を 擦りて落つ
貨車過ぎて 毒消売の 歩きだす
泉への 道後れゆく 安けさよ
彌撒の庭 蚯蚓が砂に まみれ這う
有刺鉄線 ゆるめず梅雨の 療養所
月待つや 寄りては潜く 鳰二つ
呆けをり 鶏頭見ては 甕見ては
百千の 土管口あけ 雪降れり
颱台未だ 木槿揺るのみ 舟溜り
渚ゆきし 牛の足跡 深く寒し
乙女駆けて 発電車得しを 祝福す
薔茨に懈怠 妻にも子にも 見られつつ
布団追い 石燈籠を 縫ひてゆく
ギブスの手 羽子板市を 遁れ出ず
惜命の 杖に裾濃の冬日射す
略奪婚めきて 甕はこぶ 青嵐
犬の如 駅の撒水 車に遂はれ
曼珠紗華 稲架木負ひて よろめ来
露霜や 竹伐りたふす 竹のなか
蘗のはや 子の胸に 噴きにけり
若楓あり あふものを 茶筅とす
山火見て 寝がての夜と なりしかな
遠く病めば 銀河は長し 清瀬村
昭和34年 東京・練馬区谷原町 (46歳)
酒中花(928句)1957 昭和32年―1968 昭和43年
利休梅 病惰をつひの 性としぬ
苗代茱萸 石神井川を 弄らしむ
水を飲む 猫胴長に 花曇
満愚節 半日あまし 三鬼逝く
落日や 椿の幹を ずり下がり
ひとつ咲く 酒中花は わが恋椿
赤鬼は 日本の鬼 鬼やらひ
早乙女ら 襤褸市の端を よぎりけり
蓮田風 起ちて形代 ながしかな 注4
百日紅 深息しては 稿をつぐ
少年の 去りし石踏み 泉汲む
貝堀が したたり過ぎぬ 花ユッカ 注5
硯洗ふ 妻居ぬ水を ひびかせて
沙羅の花 ひとつ拾えば ひとつ落つ
流燈に 奪ひ去らるる もののあり
行く秋や 火の見の下の 綾瀬川
柿食ふや 命あまさず 生きよの語
日本の苗字や 露の子等 点呼
母の目の 裡にわが居り 石蕗の花
柿食ふや 膝のあつきまで 南の日
月代や 蘂うかべたる 曼珠紗華
稲光 朴の枝羽摶つ 如くなり
寒施行 北へ流るる 野川あり
いつも来る 綿虫のころ 深大寺
落葉道 下りゆく心 虔しき
若菜野や 八つ谷原の 長命寺
筏師の 太白息と 出合ひけり
茶団子に 日の当り来し 時雨かな
羽ゆるし 佗助にくる 孤つ虻
元日や 道を踏みくる 鳩一羽
ひとの来て 柊挿して 呉れにけり
風おろしくる 青空や 一の酉
描初や べたべた赤き 鯛車
亡師ひとり 老師ひとりや 龍の玉
子の部屋の バッハ聴きをり 霜の花
石田波郷の長男 石田修大の風鶴山房
酒中花(928句)1957 昭和32年―1968 昭和43年
やうやくに 睡くなりけり 蛍籠
母亡くて 寧き心や 霜のこゑ
呼吸は 吐くことが大事や 水仙花 注6
寒雀 心弱き日 衾出ず
ひとり鳴らす 古郷忌の夜の 含漱水
枯木星 あさのめざめに したたりぬ
初夢の 老師巨きく 立たせけり 注7
春曙 林来る灯の ひとつ見ゆ
春雪三日 祭りの如く 過ぎにけり
水中花 培ふごとく 水を替ふ
飯食へば 暑くなるなり 法師蝉
柿食へり 貧るに似しを ゆるめ食ふ
煙突は 煙弾ませ 初氷
遠き白猫 枯木欅ちむとして 止みぬ
雪降れり 時間の束の 降るごとく
病院が 栖となりぬ 年の暮
病室に 豆撒きて妻 帰りけり
注4 江戸川六丁目
注5 稲毛海岸
注6 呼吸訓練
注7 喜雨亭老師
酒中花以後(272句)1968 昭和43年―没年
蛍籠 われに安心 あらしめよ
命美し 槍鶏頭の 直ぐなるは
梨の皮 垂れゐて子規忌 過ぎにけり
尾長らと 落葉踏みなど してみたし
菊の香を やや遠ざけて 消燈す
元日の 日があたりをり 土不踏 注8
立泳ぐ さまに鳩寄る 緑立つ
わが死後へ わが飲む梅酒 遺したし
桃洗ふ 双手溺れん ばかりなり
鳥渡る 尾長らは森 かいくぐり
今生は 病む生なりき 烏頭
無花果食ふ 月に供へし ものの中
露か雨か 十一月ははじまりぬ
注8 昭和四十四年
鶴の眼〜風切〜病鷹〜雨覆〜惜命〜春嵐〜酒中花〜酒中花以後
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