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ある頃の山頭火 A (高村昌雄) H11・10・01 3号
突然の休筆宣言である。いったいどんな「事情」があったのだろうか。年譜などを見てもこの「事情」となりそうな記事は見当たらない。
一方、「五句集」もその後何か月か休刊しているようである。次に保存されているのは「野分」
(大正元年11月号=通巻12号)で、この号から復活したようである。同時に山頭火も復帰している。
・ | 野分葉に何の虫鎌人不足いふ | |
・ | 野分名残を飛ぶ小鳥葦の枯れ枯れに | |
・ | カラと晴れて野分跡柿赤う澄む | |
・ | 野分海の遠鳴も徹夜読む床に | |
が出ている。もう ー句あるはずだが、署名が無いので確認できない。その他、「雑録」に
・ | 酒も断ちて身は凩の吹くまゝに |
がある。いずれも「全集」にも「大全」にも収録されていない。
ここで前にかえって「夏の蝶」、「夜長」、「爐開」、「河豚」に出ている句も紹介しておこう。
◎夏の蝶(明44・8=4号)
* | 夏の蝶勤行の瞼やゝ重き | |
* | 後園ニ名花散んぬ夏の蝶を嘆ず | |
* | 流藻ニ夢ゆら二なり夏の蝶 | |
* | カフエーにデカダンを諭す夏の蝶飛べり | |
* | 吾妹子之肌奈まあかし夏の蝶 |
◎夜長(明44・11)
* | 酒に茶を夜長客席遠弾が | |
* | 追放す邪宗徒もありて 夜長船 | |
* | 除目洩れを 復た陸奥へ夜長し | |
* | 孤独讃ず 偏狭を夜長星晴れて | |
* | 湖畔きて 森の宿夜長啼く鳥か |
◎爐開(明44・12)
・ | 爐開や汝が恬淡に慊らず | |
・ | 貧に處す 爐開や森の落葉雨 | |
・ | 不平難ず 返書の爐開の比喩もあり | |
・ | 家格また 爐開の古都に見る悲し | |
・ | 安産の来状や爐開く朝 |
他に、
・ | 饒舌の悔もあり 闇の河豚汁 |
が「雑ろく」にある。
◎河豚 (明45・1)
・ | 「ふくなべ』の 文字赤し家並凹凸な | |
・ | 捨身たゞ名残るもの 河豚と火酒あり | |
* | 窓に迫る巨船あり 河豚鍋の宿 | |
もう二句あるはずだが、署名がないので特定できない。
他に、
・ | 我に小さう籠るに耳は 眼はなくも泥田の田螺 幸もあるらむ |
という短歌と、前号で紹介した
・ | 毒ありて 活く生命にや河豚汁 |
が「雑ろく」にある。
・ | 窓に迫る転船あり 河豚鍋の宿 |
は、「層雲(第2巻12号・大正2年3月号の「雲層層」・井泉水選)に「田螺公」の名で入選した句である。*のある句は全集・大全に収録されている句である。
なお、明治45年は7月29日まで、7月30日から大正元年となるから、「河豚」と「野分」は同年のものである。
「野分」の次は「寒さ」(大正元年12月・通巻13号)であるが、これには山頭火の句はない。「雑録」には「大正元年の暮田螺公」しとて「此度は例のヅポラで出句しませんでした」と記してある。
大正2年1月・通巻14号となる「初凪」にも句は出句していない。「雛録」に、1月27日夜の日付で、8ページにわたる長文を書いており、その中に、
深い穴がある。 | ||
冷たい風が吹く。 | ||
誰やら歩いてくる ーー | ||
灰色の靄の奥から、 | ||
とぼとぼと歩いてくる。 | ||
誰だ?シッカリしろ! | ||
ビクビクするな、 | ||
急げ、急げ | ||
愚図々々せずに | ||
急いで来い! | ||
危ない、気をつけろ! | ||
穴がある | ||
深いあながある、 | ||
暗い穴が或る。 | ||
落ちるぞ ー | ||
いっそ飛び込め! | ||
ー あ、彼は ー | ||
私はヅドンと倒れた!! |
という詩がある。(続く) ???