「ごめん下さい」
と、女のほそい声が玄関で致します。
私は、総身に冷水を浴びせられたように、ぞっとしました。
「ごめん下さい。大谷さん」
こんどは、ちょっと鋭い語調でした。同時に、玄関のあく音がして、
「大谷さん!いらっしゃるんでしょう?」
と、はっきり怒っている声で言うのが聞えました。
夫は、その時やっと玄関に出た様子で、
「なんだい」と、ひどくおどおどしているような、まの抜けた返辞をいたしました。
「なんだいではありませんよ」と女は、声をひそめて言い、
「こんな、ちゃんとしたお家もあるくせに、どろぼうを働くなんて、どうしたことです。
ひとのわるい冗談はよして、あれを返して下さい。でなければ、私はこれからすぐ警察に訴えます」
… … 中 略 … …
「今夜はどんな事があっても大谷さんを見失わないようにどこまでも後をつけて行き、
その落ちつく先を見とどけて、おだやかに話してあの金をかえしてもらおう、とまあ私どもも
弱い商売でございますから、私ども夫婦は力を合せ、やっと、おんびんに申し出たのに、
まあ、何という事だ、ナイフなんか出して、刺すぞだなんて、まあ、なんという」
… … 中 略 … …
どこへ行こうというあてもなく、駅の方に歩いて行って、
駅の前の露天で飴を買い、坊やにしゃぶらせて、
それから、ふと思いついて吉祥寺までの切符を買って電車に乗り、吊革にぶらさがって
何気なく電車の天井にぶらさがっているポスターを見ますと、夫の名が出ていました。
それは雑誌の広告で、夫はその雑誌に「フランソワ・ヴィヨン」という題の
長い論文を発表している様子でした。私はそのフランソワ・ヴィヨンという題と
夫の名前を見つめているうちに、なぜだかわかりませぬけれども、
とてもつらい涙がわいて出て、ポスターが霞んで見えなくなりました。
… … 中 略 … …
それから、駅で中野行きの切符を買い、何の思慮も計画も無く、謂わばおそろしい魔の淵に
するすると吸い寄せられるように、電車に乗って中野で降りて、きのう教えられたとおりの
道筋を歩いて行って、あの人たちの小料理屋の前にたどりつきました。
表の戸は、あきませんでしたので、裏へまわって勝手口からはいりました。
ご亭主さんはいなくて、おかみさんひとり、お店の掃除をしていました。
おかみさんと顔が合ったとたんに私は、自分でも思いがけなかった嘘をすらすらと言いました。
「あの、おばさん、お金は私が綺麗におかえし出来そうですの。今晩か、でなければ、あした、
とにかく、はっきり見込みがついたのですから、もうご心配なさらないで」
「おや、まあ、それはどうも」と言って、おかみさんは、ちょっとうれしそうな顔をしましたが、
それでも何か腑に落ちないような不安な影がその顔のどこやらに残っていました。
「おばさん、本当よ。 かくじつに、ここへ持ってきてくれる人があるのよ。それまで私は、
人質になって、ここにずっといる事になっていますの。それなら、安心でしょう?
お金が来るまで、私はお店のお手伝いでもさせていただくわ」
私は坊やを背中からおろし、奥の六畳間にひとりで遊ばせて置いて、
くるくると立ち働いて見せました。
… … 中 略 … …
朝起きて坊やと二人でご飯をたべ、それから、お弁当をつくって坊やを背負い、
中野にご出勤ということになり、大みそか、お正月、お店のかきいれどきなので、
椿屋の、さっちゃん、というのがお店での私の名前なのでございますが、
そのさっちゃんは毎日、眼のまわるくらいの大忙しで、二日に一度くらいは
夫も飲みにやって参りまして、お勘定は私に払わせて、またふっといなくなり、
夜おそく私のお店を覗いて、「帰りませんか」とそっと言い、
私も首肯(うなず)いて帰り仕度をはじめ、一緒にたのしく家路をたどる事も、
しばしばございました。
「なぜ、はじめからこうしなかったのでしょうね。とっても私は幸福よ」
「女には、幸福も不幸も無いものです」
「そうなの?そう言われると、そんな気もして来るけど、それじゃ、男の人は、どうなの?」
「男には、不幸だけがあるんです。いつも恐怖と、戦ってばかりいるのです」
「わからないは、私には。でも、いつまでも私、こんな生活をつづけて行きとうございますわ。
椿屋の伯父さんも、おばさんも、とてもいいお方ですもの」
「馬鹿なんですよ、あのひとたちは。田舎者ですよ。あれでなかなか欲張りでね。
僕に飲ませて、おしまいには、もうけようと思っているのです」
… … 中 略 … …
夫は、黙ってまた新聞に眼をそそぎ、
「やあ、また僕の悪口を書いている。エピキュリアンのにせ貴族だってさ。
こいつは、当たっていない。神におびえるエピキュリアン、とでも言ったらよいのに。
さっちゃん、ごらん、ここに僕のことを、人非人なんて書いてますよ。違うよねえ。
僕は今だから言うけれども、去年の暮にね、ここから五千円持って出たのは、
さっちゃんと坊やに、あのお金で久し振りのいいお正月をさせたかったからです。
人非人でないから、あんな事も仕出かすのです}
私は格別うれしくもなく、
「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」
と言いました。 (太宰治 小説「ヴィヨンの妻」より)