Antonio Cano
35 etudes
35の練習曲
アントニオ・カーノ 1811年12月18日 スペイン・ムルシア州のロルカに生まれる。幼児から音楽の才能に恵まれ、父と同じく外科医になるべく勉強のかたわら、教会で音楽を学んだ。その後、ギターをビセンテ・アヤーラ(Vicente
Ayara)に、和声、作曲法を(J.Soriano Fuertes)についた。医学校を卒業して、しばらく郷里で医師となっていたが、1847年、マドリードに移った時、著名なギタリスト、アグアド(Dionisio
Aguado)に会って、彼に激励された。そしてスペイン各地でコンサートを催し、輝かしいギタリストとしての名声を得たが。1850年、マドリードに居を定めてから、多くのギター曲を生み出した。又、教本も作り上げた。この教本は簡潔で、練習曲のメロディーの美しさのために広く愛好された。又、教本の第2巻では和声の論文として出版された。1853年から58年までの5年間に渡って、フランスとポルトガルに演奏旅行にでて、それらの地に滞在したが、再びマドリードに帰ってからは王宮のコンサートに招かれ、女王イサベル2世から素晴らしい贈り物を受けるほどの演奏をした。
1857年、国立聾唖盲学校の教授となり、1897年10月21日、マドリードで没する。彼の息子フェデリーコもギタリストとなりあの有名なタレガの師となる。