42ND STREET(フォーティーセカンド・ストリート)No.13

 私はダンス教室に再び通いだした。もう、ジェシカやフィービー、そしてアニーにいじめ られることもなくダンスの練習に集中できた。彼女たちが私を認めたと言うのも変な話だが、 42NDの厳しいい稽古とヨーロッパ遠征で磨かれた私のダンスがそうさせたことは間違い ない。もう一つ理由を挙げるとしたら、ダンス教室の先生も私に一目置くようになった。タ ップダンスのクラスでは、ほとんどの時間を私が先生のアシスタントととしてダンスをする ことが多くなった。
   こうして私のダンスは日々進歩を続けて行った。私は宝塚にいた頃とまるで別人のような ダンスサーになった。今の私は夢の中の私なのかと疑いたくなるほどの卓越したダンスが出 来た。「そうだ」と納得している自分にとても満足している。
私は半年前に来て落ち込んでいる時に、ベスが話してくれたことを思い出した。
「ここは奢りも虚栄もすべて捨てて、どん底から這い上がってきた者が勝ち残れる世界さ」
「まさにその通りだ」
私の次なる夢は、42NDのオーディションで主役を勝ちとることだ。タップダンスにすべ てをかけてみよう。こうすることで、この輝きが永遠に続くならすべてをかけてみよう。 そして今の自分を信じよう。私は信じることにより生まれ変わることができる。もちろん、 ダンスだけでなくヴォイス トレーニングや歌の練習、そして英語の勉強もしっかりやるし かない。こう決めたら、私はむきになって馬車馬のように走り出した。アパートに帰る頃に はクタクタになる毎日を過ごしていた。それでも夜になるとジャズを聴きに行ったり、ミュ ージカルを見に行くことも忘れなかった。
 その日はマリアとキムたちと「キャバレー」を見に行くことになっていた。
「なぜか、ブロードウェイがとっても身近に感じるわ?」と私は「キャバレー」の大きな看 板を見ながらそう呟いてみた。
「それはヨーコがここの舞台にもうすぐ立てるからよ」
とマリアはためらいもなく言ってき た。するとキムも「ヨーコがブロードウェイの舞台に立てる日はいつかな?」と微笑みなが ら言って来た。
私はただ笑って、小首を傾げて見せた。
「もうすぐよ。ヨーコは次のオーディションで主役の座を手にして、すぐにこの舞台に立つ のよ」とマリアは私の肩に手を廻してきた。
「そうだといいんだけど」とちょっと私は肩を上下させて答えた。
「ヨーコはきっと主役で舞台に立つわよ。ねえ、マリア」とキムの温かな手が私の頬をなぜ た。私は「ありがとう。キム、そしてマリア、私の夢はこのブロードウェイで踊ることよ。 あなたたちが私を応援してくれていると思うと、とってもうれしいわ」と素直な気持ちで答 えた
。 「ヨーコなら、その夢が叶うわ」
「ほんとうよ。キムの言う通りよ。絶対にヨーコは主役を手に入れわよ」
「マリアもキムも本当にそう思ってくれる。私、絶対にこの次のオーディション頑張るわ」
「そうだよ。ヨーコ!」
私たちは劇場に入るともうすぐに席は客で埋め尽くされ、幕が上がると私たちは何度もため 息をつきながらライザ ミネリの歌と踊りに圧倒させられていた。
「なんてすばらしいの」
「もう、何度みてもいいわ」
「そうよね」とマリアの言葉に私もキムもうなずいた。
「彼女の迫力にはかないわね」
「私たちに彼女は勇気をくれるわね」
いつものように私たちはミュージカルに酔いしれながら、夜道を歩いた。興奮が冷めやまな い私たちはいつものようにマリアのアパートに行くことにした。ブロードウェイからマリア のアパートは近くて便利なこともあって、そこに泊まることが私たちの常だった。
「ねえ、ヨーコって誰か呼ばなかった」とマリアが声をあげた。
「私も、聞こえたわ」
「ほんとう?キムも聞こえたでしょう」
そして次の瞬間「ヨーコ」とはっきりと呼ぶ声がした。
「誰?」と私は後ろを振り向いてみた。
深々と毛糸の帽子をかぶって、黒の皮ジャンが細身の体にぴたっとした男の人が駆け寄って きたのだ。
「ここでヨーコに会えるとはおもわなかったよ」
「誰?」
「シュウだよ」
「シュウ」
私は別人のようになったシュウに返す言葉を失ってしまった。
「ほんとうにシュウなの?」
「そうだよ。俺だよ」
「顔が、顔の右側半分が、どうしたの」
「この顔、あの時の傷さ。右目を失ったんだよ」
「シュウ、私を助けるためにこんなことになってしまったの」
私は変わり果てたシュウの顔に、体が硬くなるのを感じた。そして、大きなうねりが私たち を襲うような思いがしてきた。
「どうしたヨーコ、黙っちゃって、この顔のこと気にすんなよ」
「ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい」
「いいんだよ。謝ることはないよ。ヨーコが悪いんじゃないんだから。ほんとうに気にする なよ」
「でも、こんな事になっているなんて知らなかったのよ。ごめんなさい」
「ヨーコ、謝るなよ。それより、ミュージカル、頑張れよ。それじゃ。俺いくから」
「シュウ、どこにいるの?もっとゆっくり話がしたいわ」
「今はそんな時間がないんだ。もう、俺にかかわるな。そう言っていながら、俺はヨーコに 声をかけてしまったんだけど、とにかく、もう、会うことはないよ。こんな顔になっちゃっ たし、片目しか見えないし、でも、この顔のおかげで、マンハッタンの戻ってこられたんだ けど」
「マンハッタンに戻ってきたって、どういうことなの」
「まあ、いろいろあったんだよ。とにかく、ごめん。俺、本当に行くから。じゃーな」 そう言うとシュウは暗闇へと消えていった。
「ヨーコ、大丈夫」
私は足をとられてその場によろけてしまった。
「ヨーコ、しっかりして」と、マリアとキムが私の体を支えてくれた。
「どうしたの、あの人の顔いったいどうなっちゃったのよ?」とマリアが気の毒そうに呟い た。シュウに声をかけられた今、私はあの時の記憶が今鮮明に蘇ってきた。
「シュウは私をギャングから助けようとして打たれたのよ。私のせいよ。彼があんな顔にな っちゃったのわ」
私は涙が溢れ出て胸がしくしくと痛んだ。
「これが私なの、いつも人を不幸にするんだわ」
「何言っているのよ。ヨーコ」とマリアもキムも立ち止まり、泣き出した私の肩をやさしく 抱いてくれた。
「私は生きるために人を死に追いやるよ。私の姉が車に轢かれそうになった私を助けようと して足を失い。そしてシュウが私をギャングから助けるために目を失い。こんな悲しいこと なんてないわ。私はみんなを不幸にするんだわ」
「ヨーコしっかりして、そんなの単なる偶然よ。気にすることないわ」とマリアが言うと 「そうよ。元気だして」とキムも慰めてくれた。
私は片目を失い顔が歪んでしまったシュウのことがずっしりとのしかかり、これからどのよ うにシュウに償えばよいのか途方にくれてしまった。
ただただ、悲しく辛いシュウとの再会になった。私はこれからもっと最悪な事態になるなど この時はこれっぽっちも思わなかった。