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42ND STREET(フォーティーセカンド・ストリート)No.12 ヨーロッパ遠征はパリから始まりスペイン、ロンドンと移動日だけが休みになっている スケジュールだった。 来る日も来る日も私は舞台に上がり、喝采を浴びながらタップダンスを踊った。 気がつけば、三ヶ月があっという間に過ぎた。 ブロードウェイを離れてみると、シュウのことが夢のように思えた。 忙しさが私をシュウから切り離してくれたことは確かだ。 シュウに逢いたいと思っても海の向こうのマンハッタンは遠かった。 四十七人のタップダンサーの一人に過ぎなかった私だったがミュージカルの醍醐味をこ のヨーロッパ遠征でしっかりと受けとめることができた。 台詞もなく、ただコーラスがあっただけで目立たない役だったが、私には小さき一歩のよ うに思えた。 遠征が終わると自分の足で歩き出した喜びがじわじわと湧き出てきた。 マンハッタンはすっかり秋色に染まっていた。 パリもマドリッドもロンドンもすべての公演が大盛況に終わり、私たちはアメリカに戻っ てきた。 セントラルパークの森は赤く色づき、小動物は冬支度に追われていた。 そして、10月30日に「42ND STREET」は幕を閉じた。 「また、会う日まで元気で!」 ジェームスが高々と声をあげた。 私はミュージカルの観客との一体感と十分に味わったそして充実感と喜びが一気に波のよ うに押し寄せてきた。 「ヨーコ。この3ヶ月で君のダンスは見違えるほど、うまくなったよ」 「ほんとうですか」 私はジェームスがこんな上等な事を言ってもらえるなんて考えてもみなかった。もう、宇 宙遊泳をしているかのように舞い上がってしまった。 「この次は、主役をやります」 「君なら、できるよ。頑張りなさい」 私はこの時、ブロードウェイのミュージカルスターの夢が夢ではなく、自分の力で勝ち取 れると自信を取り戻したのだった。 「次のオーディションで、また会おうね」と、抱きしめあいながらダンサー仲間と別れた。 アパートに帰るとかび臭い匂いがそこらじゅうからしていた。 急いで窓を開けた。 車の音と人の声に音楽が絡み合ったマンハッタンのビートの効いたノイズが私の身体に流 れ込んできた。 懐かしかった。たった3ヶ月間留守をしただけなのに、パリの宿舎やロンドンのアパート でも耳にしたノイズとやっぱりマンハッタンとは違う。 ソウルが痺れるように体中から湧き出るリズムが揺れる。 「心地いい!」思わず、リズムをとりながら身体が踊りだす。 ダンスは私のすべてなのだ。この喜びは誰にも渡さない。このステップもこのターンもす べてが私のものだ。気がつくと体中の毛穴から汗が吹き出ていた。 「喉が渇いた」 冷蔵庫を開けてみた。 最悪! 心地よさが一気に吹き飛んだ。 黒カビがはびこったチーズ、青カビが無数にくっついたパンが放置されていた。 シュウは少しくらいのカビは食べても大丈夫だよと言って、平気な顔をして食べていたの を思い出した。 私はビニール袋に手を入れてゴム手袋のようにしてそれらをつかみ冷蔵庫から取り出した。 「こんなひどいのはシュウも食べられないよね。きっと」とつぶやいてみた。 海外遠征の緊張感から開放された私はシュウを思い出した。 「逢いたい!」 そんな思いが体中を駆け巡った。 「シュウは生きているのだろうか?」 私は最後の記憶を思い出そうとしたが思い出せない。 あの銃声がした時、シュウが私を助けたことだけは記憶がある。その後の記憶がないのだ。 あの時、思い出そうとしてみても記憶の扉を硬く閉ざしていたのは私自身だった。 「ロンさんの店に今でもシュウはいるのだろうか?それとも香里さんとここを逃げ出した のだろうか?」 そんなことを思いながら、私はスーパーマーケットに出かけた。東洋人の男の人に会うと シュウに見える。 結局、買い物も上の空でミルクとオレンジジュースを籠に入れただけで店を出た。 帰り道にパンやシリアルを買い忘れ、もう一度見せに戻ることになった。 私はシュウを諦めきれずにいた。 季節は木枯らしの吹く淋しげな初冬になった。 |