さいとうよし子ちゃんのボール 第二球「ごまめちゃんの涙NO.4」 

その晩、ごまめちゃんとボール君はタマちゃんを待ちながら、この大きな橋の下で過ご した。ここは川の流れもゆったりとして、水深も橋の中央はかなりあった。
そして、護岸 工事が終えてばかりなのか岸には真新しいテトラポットが幾何学模様に並んでいた。
「ボール君、ここには砂浜がないンだね。河岸にあるあの変な物が気持ち悪いよ」
「東京の川はみんなコンクリートで岸ができているンだよ。怪獣のように見えるのはテト ラポットだよ。そう、岩と同じだよ。ごまめちゃんが気持ち悪いなら、この先に浅瀬があ るよ。そこまで行くかい?」
「ここでいいよ。おかあちゃんが帰ってくるから、ここで待っているよ」
「そうだね。タマちゃんが帰ってくるからここで待とうね」
ごまめちゃんは橋の上を走る車の音や列車の音に身を震わせながら、じっとタマちゃんの 帰りを待っていた。
そんなごまめちゃんの気持ちが神様にとどいたのだろう。鯉のおじさんがタマちゃんを 連れてやってきたのだ。
ごまめちゃんは近づいてくるゴマフアザラシのタマちゃんを見るなり、大きなため息をつ きながら肩を落とした。
「ボール君、タマちゃんは私のおかあちゃんじゃない」
ごまめちゃんの言うように、タマちゃんはごまめちゃんよりも少し年上のお姉さんアラザ シだ。ボール君は今にも泣きそうなごまめちゃんに寄り添った。
鯉のおじさんはニコニコしながら、ごまめちゃんに言った。
「ごまめちゃん、タマちゃんだよ」
ごまめちゃんはぺこりと頭を下げると、小さな声で挨拶をした。そして、ボール君の手を しっかりと握りしめた。すると、タマちゃんが妹を慰めるように話しかけた。
「あなたが、ごまめちゃんね。お母さんを探しによくここまで来たわね。私が知っている おばさんがごまめちゃんのお母さんなら、多摩川にはいないわ」
「おかあちゃんはここにいないの?」
「ごまめちゃん、泣かないで私の話を聞いてちょうだい」
と言うと、タマちゃんは仲間と はぐれてしまった大嵐の話をはじめた。
「あの日、流氷に乗って北海道のオホーツク海までみんなと行ったのよ。すると突然激し い嵐がやって来て、そして私たちは西にどんどん流されてしまった。
もちろん、群れのほ とんどは海岸の洞窟や岩かげに避難したわ。
でも、私たちは岸に戻れなくなり太平洋に放 り出されてしまったのよ。でも、こんなことはよくあることだから嵐さえ過ぎれば、みん なのところにすぐに戻れると思っていたのよ。
それが嵐に巻き込まれて仲間からはぐれたアザラシを海のギャングが待っていたのよ。
そう、シャチの群れが襲いかかってきたのよ。私たちはシャチから逃れようと必死で泳い だわ。
でも、お腹を空かせたシャチがどこまでも追いかけてくるのよ。気がつくと海は血 の色に染まり、妹が食べられてしまったのよ。私はおばさんに助けられて、小さな島に辿 り着いたの」
「タマちゃんの妹はシャチに食べられちゃったの?」
「そうなの。私はごまめちゃんのお母さんに助けてもらったのよ。でも、おばさんはケガ をして泳げなくなっていたのよ」
「おかあちゃんがケガをして泳げなくなっちゃったの?」
「そう、それで洞窟に避難したのよ。ごまめちゃんのお母さんはケガが治るまで洞窟で過 ごすと言って、ひとりで残ったのよ。そうしないと私たちが仲間から遠く離れてしまうか らと言ってね」
「おかあちゃんはその洞窟に今もいるの?」
「わからないわ。だってもう、二ヶ月も前のことなのよ。ごめんね」
「ボール君、おかあちゃんがいるかもしれない洞窟に行ってみる」
「ちょっと待って、ごまめちゃんのお母さんはきっと家に帰ったと思うわ」
橋を渡る車や電車の音が一瞬止んだ。そして多摩川を住みかにしている魚や鳥たちも静 かになった。奇妙な静けさの中に、ごまめちゃんの大きな溜息が切なく響いた。そんなご まめちゃんをお月様が優しく照らしていた。
翌朝、日の出とともに渡り鳥たちが浅瀬の餌場に集ってきていた。黒い鵜に混じって白 鷺や鴨たちが餌を啄ばみはじめていた。
ごまめちゃんはいつのまにかタマちゃんのそばで寝ていた。