42ND STREET(フォーティーセカンド・ストリート)No.5

その夜、シュウがアパートに来た。
午前二時ごろだった。店から直接来たので、シュウの身体からタバコとアルコールをミッ クスした臭いがした。
私はこの汚れた臭いがシュウの身体に付着していることを嫌がらな かった。それどころかあの頃の私は、この臭いが大人の世界のような気がして刺激的な感 覚になった。
「シュウ」
「ヨーコ、おこしてごめん!」
私は寝返りをして、シュウの冷たい身体と向き合った。
「来てくれたのね」と言うと、私はキスをしようとするシュウの唇に人差指をあてた。
「シュウ、私の話を聞いてくれる。もう、二時過ぎているけどどうしても、聞いてもらい たい事があるの!」
「また、悲しいことがあったのかい?」
「違う。違うってば、私、オーディションに合格したのよ!」
「すごいじゃないか!ヨーコすごいよ!」
とシュウは自分のことのように喜んで私を抱き しめた。
「ねぇ、シュウ、何のオーディションだと思う?」
「ブロードウェイだろう?」とシュウは首をかしげ、もう少しで答えそうだったが、私は 我慢できなくなりシュウの答えを待たずに言ってしまった。
「あのね。シュウ!『42ND STREET』よ。ヨーロッパ遠征のための新メンバーのオー ディションにパスしたのよ」
「ヨーロッパ遠征?」
「そう、ロンドンとパリで『42ND STREET』をやるのよ」
「ヨーコ、それって、いつ?」
「八月と九月よ」
「そうか。八月と九月か・・・・・・・」
「まだ、先よ。でもねぇ、今日、リハーサルスタジオに行ったのよ。そこで、お稽古をし てきたのよ。すごく興奮しちゃった」
「ヨーコの夢は叶ったわけか」
「まだよ。まだ、まだ、トップスターにならなきゃ!」
「そうだった。スターだよな!」
「シュウは私の応援団だから、ロンドンの初舞台を見に来てね」
「うん」と言うシュウは静かに瞳を閉じた。
それでも、私は興奮して夜が明けるまで喋り続けた。シュウは私の話を聞きながらいつの まにか眠ってしまった。
朝日が薄いカーテンから、明るい光を部屋にどんどん射し込んできた。私はこの陽射し を見つめながら、身の心も充実感でいっぱいになっていった。そして、シュウの寝息を感 じながらベッドからそっと起きて稽古場に出かけた。

 スタジオは朝から熱気に満ちていた。私はその雰囲気を違和感なく、受け止めることが 出来た。
それはここが、ダンス教室と違うショー・ビジネスの世界だからだろう。単なる ダンサー役の東洋人をだれも気に留めなかった。
それどころか「ハーイ、ヨーコ」と気さくに声をかけてくれる。仲間と言っても、ほとん どブロードウェイの大先輩たちだ。
とは言え、そこは実力の世界、私は念入りに身体をほ ぐすと、時間になるまで練習に励んでいた。
昨日と同じように稽古は午前と午後で別々なメニューをこなしていくのだ。
午前の稽古はダンスだった。そして、午後の稽古に入る前にベスに呼ばれた。
ベスは私に歌のレッスンに行きなさいと言うと、稽古場の向かいの部屋で、発声レッスン を何度もやらされた。発声というより、発音練習と言うべきだろう。
それは私の英語の発音をアップさせる練習だった。プライベートレッスンで徹底的に直 させられた。これは舌や口の周りに筋肉を使いかなりきつかった。
このレッスンが終わると、再びベスに呼ばれた。
そして、興行ビザを取る為の手続きをしてくださいと言われた。
宝塚歌劇団に在籍していた証明書を出してもらいビザの手続きをするのだ。それをしなけ れば、ヨーロッパへ公演旅行に参加できなくなる。
ちょうどそのころ、ニューヨークのイミグレーション オフィスはさらに厳しくなり、 不法労働や不法滞在者の摘発にやっきになっていた。
ベスは早いうちに手続きをするよう に念を押してきた。私はこの話を聞きながら、シュウのことが気になった。
そして、帰りにバスの中でもシュウの事が頭から離れなかった。
「サンキュー」
と言ってバスから降り、道を渡るとアパートの窓から灯りが見えた。
「こんな時間にシュウがいる」
と呟くと、私は駆け出した。