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42ND STREET(フォーティーセカンド・ストリート)No.3 翌日、私はダンススクールに早めに行った。 前から気になっていた「プリティ・レディ」のオーディション要項が掲示板に貼り出され ていた。 私は申し込み用紙に記入して受付箱に出した。シュウと出逢って以来、日本にいたとき のように自分の道を積極的に切り開いていこうと前向きになれた。 そして、ダンススタジオに行こうとする私の前に三人組が立ちはだかった。 「あなたはアジア人でしょう。これには申し込みできないわよ。このオーディションはネ イティブだけよ。さっさと取り下げなさい」 と、いつもの嫌味な三人組が言ってきた。 彼女たちは私と同じダンスクラスのアメリカ人で、まだ二十歳前の彼女たちは白人で金 髪の女の子達だ。でも、本物のブロンドは背が高くてモデルのような華奢な体をしたフィ ービーだけだ。 そして彼女のダンスはすべてがバレリーナのようにクラッシックな感じだ。 私はフィービーにあなたのダンスはミュージカルにはむいていないと言いたくなるが、 そんなことは言えない。 ダンスで言うと、ジェシカはこの三人の中でグンを抜いている。身体もしっかりと出来て いて、バランスがいい。 私も認めているダンスセンスだ。それなのに、ジェシカはいちば んの意地悪だ。私はジェシカが気になっているのに彼女は私を無視し続けている。 残るアニーはどこといって目立ったとこがなく、ジェシカのただの子分に見えた。 私には何故だかわからないが、彼女たちは心の底からアジア人を嫌っていた。アジア人 に対しての嫌がらせは半端じゃないし、徹底している。 韓国人の賢姫(ヒョンヒー)、インドネシア人のマリア、そして私が彼女たちの標的だ。彼 女たちのアジア人いじめは残酷で卑劣だ。 私のエントリーシートはあっという間に破り捨てられ、 「Get out! Shit! (さっさと帰れ、 クソったれ!)」 と彼女たちに罵られた。 いつものことながら、惨めになる。私は心の中で 「あんたたちなんかに負けるものか!」 と思いながらも、何も言えずに無残に破られたエントリーシートを黙って拾った。そして、 私はこの悔しさに思わず、涙が流れた。 しかし今日の私は黙って書き直しては、エントリーシートを出しなおした。たとえまた 破られたとしても、絶対に彼女たちに負けたくなかった。今回のオーディションをどうし ても受けたかったからだ。 私が書き直すたびに彼女たちは破いた。結局、ダンスのクラスが始まるまでこのバトル が続いた。私はクラスに間に合わなくなって、なけなしのお金をはたいてタップダンスの プライベートレッスンを受けた。 ダンスで汗をかいたら嫌な事も忘れることできるからだ。 帰り道、私はメーシーズにあるマクドナルドに寄った。 この味も素っ気もないでかいハンバーガーをひとりで食べた。パサパサしたパンと硬い肉 をちぎっていたら、お鮨が無性に食べたくなり 「シュウのお鮨が食べたい!」 と呟いてみ た。そう思ってみても、シュウの働いているお店がどこのあるかも知らなかった。 ただ、女 がひとりで来るような店じゃないとシュウが言ってことを思い出した。でも、私はシュウ に会いたかった。私はお鮨を諦め、いつものようにアパートへ帰った。 メールボックスを開けみると日本からの手紙があった。 それは中野先生からの手紙だった。 先生はニューヨークでの公演を終えて日本に帰ると、すぐに中野ブラザーズの「三十五周 年リサイタル」を京都会館で四月に再演して、同月、赤坂に「タップチップス」をオープ ンさせた。 そして五月二十八日、忙しいスケジュールのなか、プライベートでニューヨー クに四日間滞在すると書いてあった。私は手紙を読み終えて、カレンダーを見た。 「二十八日、今日だ!中野先生に会いたい」 と私はおもわず叫んだ。 私の思いが通じたのか中野先生から、夜遅くに電話がかかってきた。 「中野先生、手紙ありがとうございます。アメリカは日本と違って大変です」 「葉子ちゃん、ダンスはどうですか?オーディションは受けましたか?」 「ダンスはとっても厳しいです。それにまだオーディションは受けていません」 「そうなのですか。ところで、葉子ちゃんにいい話を持ってきたんだよ。詳しい話は、明 日、美味しいものでも食べながらお話しましょう。七時にセントラルステーションのオイ スターバーでいかがですか?」 「はい、七時にオイスターバーですね」 私は先生がいい話と言っていたことが気になった。 翌日、私はアパートに戻らずにダンススクールからオイスターバーに直行した。 「オイスターバー」は牡蠣料理のお店で、予約なしでは入れない人気の店だ。セントラル ステーションにはレストラン、カフェ、食料品売り場があり、構内は明るく危なくなかっ た。それでも、私は地下鉄には乗らずに駅まで歩いた。 店に入ると先生がすでに来ていた。 私はウエーターが注文を訊きに来る前から、溜まっていたものを吐き出すように喋りまく った。先生は時々、笑いながら私の愚痴を聞いてくれた。 それはまるで喧嘩に負けた子犬 が親犬に甘えているようにみえた。私がひとしきり愚痴をこぼし終わったところで、先生 が話し出した。 それは中野先生がプロデュースするミュージカルを東京でやるから、日本に一緒に帰ろ うということだった。 私は風船がふわふわと子供の手から外れるように私の夢が大空のかなたに消えていきそ うになった。 「東京に帰ります」 という言葉が、今にも口から出しそうになった。 でも、ここで日本に帰ったら、私はどうなるの?ブロードウェイから離れちゃいけないと 心の中でもうひとりの私が呟いた。 「一緒に東京でミュージカルをやろう」 と先生が私の顔を覗きこんだ。 「私、東京へ行きません。ここにいます」 「葉子ちゃん、もう、分かったでしょう?君は日本人だし、働くとなったら、ビザの問題 もあるし、オーディションをいくら受けても無理だよ。たとえ、なれたとしても大部屋だ ぞ!主役なんかなれないぞ!日本に帰って、僕のミュージカルをやろう!」 「先生、私、日本に帰りません。大部屋でも、ここでやりたいのです」 「それなら、宝塚にいるときと同じだろう」 「そんなこと先生が言うなんて、信じられへん!ここで日本に帰ったら、あかん!私がな くなってしまう」 と、私は宝塚を辞めた時に封印したはずの関西弁で喋り出してしまった。 頭に血がのぼり、私は完全にコンフゥーズしてしまった。 「葉子ちゃんの気持ちは分かるけど、ブロードウェイの現実は厳しいぞ!」 「先生、そんなこと分かっています」 「葉子ちゃんは分かってないよ」 私はもがきながらこの現実と戦っているのに、応援してくれていたはずの先生がこんな傷 つけるようなことを平気で言われたが許せなかった。そして、私はこの場に居たたまれな くなり「先生、あかん!あかん!」と叫ぶと席を立った。 「葉子ちゃん、待ちなさい!」と先生は私を呼び止めたが私は振り返ることなく店を出た。 私の体中が燃えるように熱くなり、宝塚の舞台が私の目の前に現れた。 この幻覚から逃れるようと私は夢中で走った。まるで何かに追われるようにセントラルス テーションのメトロに向かって階段を駆け下りた。 夜は危ないと言われている地下鉄に乗って、アパートに顔面蒼白で帰った。 私はそのままベッドに潜り込み、嗚咽を漏らしながら苦しさに耐えた。家族の期待を裏 切ったことも身にしみていた。でも、中野先生にこんなにもはっきり「諦めろ」と言われ たのがひどく悲しかった。 私はすべてがほんとうに嫌になった。この街もミュージカルも中野先生もすべてに失望 してしまった。私の夢がボロボロになっていくのを感じた。 この絶望の中で、私はシュウだけを思った。そして、シュウのいるマンハッタンだけを みつめた。 「シュウ、助けに来て!泣いている私を助けてくれたように、私を今すぐ、助けて!」 私は泣きながらシュウがアパートのドアをノックしてくれるのをひたすら待った。どのく らいの時間が経ったのだろうか。 夜が明けた時、私はシュウの腕の中にいた。 シュウは二時ごろアパートに来て、泣き崩れた私をやさしく慰めてくれた。そして、シュ ウはやさしく頬にキスをすると私を抱きしめた。シュウが私の唇を奪うまで、それはやさ しくスローにやってきた。 でも、一度触れた唇はこの上も無く激しく私を蕩けさせた。そ して、私はシュウに抱かれた。私たちが貪欲にお互いを求めあった夜になった。 |