遥かなるオレゴンコースト最終章



李紗は仕事をすることでアレックスを忘れようとした。しかし、忘れようとすればする ほど、アレックスへの想いが募っていった。
辛く苦しい日々が続くなか、李紗は規則正しく食事を取らなくなり、やつれ果てて見えた。 そんな折、日本の大手販売店との交渉が難航し、李紗は境地に立たされた。
それでも李紗はこの二重の苦しみを耐え忍ばなければならなかった。
とにかく、次の灯りが見えるまで、ここで耐えようと言いきかせた。イーチン(易経) は事を急がず、この嵐が通り過ぎるまで待つことだ。しかし、李紗には苦しく辛いものと なった。
李紗は次第に家にこもりがちになり、ひとりで涙を流す日が増えていった。
そんな中、友達が誘ってくれたパーティーでジョナサンと再会した。
「李紗、久しぶり」
「ジョナ、なんだかとっても懐かしい」
「体調が悪くないかい?」
「さすがドクターね。失恋の痛手でやつれたの」
「UO(ユニバーシティ・オレゴン)学生の李紗と思えないくらいだよ。僕のところにカウ ンセリングに来ていた時より、失恋は深刻なのかい?」
「たしかにあの頃は悩んでいても、太っていたわよね。そう言いたいんでしょう!」
李紗はここ数日、笑うことがなくなっていた。それが自然と笑みがこぼれた。温和なジョ ナは安らぎを李紗に与えてくれた。
そして、李紗はシャンパンを口に運びながら、ジョナにそっと身体を傾けた。
ジョナはオレゴン大学の医療センターで精神科のカウンセラーをしていた。李紗の静神状 態が不安定になった二年生の春にカウンセリングしたドクターだ。それ以来、眠れなくな ったりイライラしたり、自分でコントロールが難しくなくなるとジョナがいるセンターに 李紗は駆け込んでいた。しかし、アレンにイーチンを教えてもらってから嘘のようにセン ターに行かなくなった。
ジョナは大人になって垢抜けた李紗が眩しくみえた。そしてパーティーの帰りに週末の デートを約束した。そして、李紗とジョナの時間はゆっくりと過ぎて行った。
夏も終わり、ハロウィンの飾り付けが街のあちこちで見られるようになった十月の終わ りにアレックスから李紗にメールが届いた。
「李紗  君も知っていると思うがUSオープンは諦めました。そして、僕は治療とリハビ リに専念して、先週、フロリダの大会で復帰できたことを報告します。今のところは調子 がいいです。これも李紗のおかげです。心から感謝しています。
ありがとう。 アレックス      」
メールを読み終えると、李紗はどうにもできない衝動にかられた。堪らなくアレックスに 逢いたくなった。このメールがファンのひとりに送られたものだとしても、アレックスに 対する李紗の気持ちは少しも変わっていなかった。
李紗は、彼のために彼がテニスに復帰するために別れを決断した自分が許せなくなった。 そして、なぜ、あのときアレックスのそばに行かなかったのかと責めた。
このままだったら、ほんとうにアレックスを失ってしまうと気づきながらも李紗は素直な 気持ちになれかった。
「アレックス 再出発ができてほんとうにおめでとう。メールを読んで、私はすごく嬉し かったわ。トーナメントの活躍を祈ります。  李紗 」  
  そんな李紗は安らぎを求めてジョナとデートを重ねた。アレックスのことを忘れるため だと李紗は自覚しながらも、このトライアングルを李紗はあてもなく彷徨っていた。

サンクス・ギビングを家族と過ごすために李紗はポートランドからここニューポートに あるロバートの別荘に車を走らせていた。そして、遥かななるオレゴンコーストとともに 静かに自分をみつめ直していた。
李紗の運転する車は海沿いのハイウェイからフローレンスの市街に入った。
李紗は以前行ったことのあるワイナリーに立ち寄り、ロバートの好きなオレゴンワインを 買った。
そこから三十分ほどで、小高い丘の上にあるロバートの別荘に着いた。
「お母さん、お父さん、李紗よ」
「李紗ちゃん、いらっしゃい。みんなお待ちかねよ」
ロバートと寛子が迎えに出ると、李紗をリビングに案内した。
廊下を挟んだキッチンから七面鳥をオーブンで焼いている匂いや、パンプキンパイの甘 い香りがしてきた。
そしてロバートがリビングのドアを開けると、そこには暖炉がパチパチと音をたてて薪 が燃えている。暖炉を囲むように幾つものソファーが並んでいるなかに、エミリー、慎一 郎がいた。その横の長椅子には美紀と美紀のボーイフレンドが手を振っている。
奥のソファーにはアレックスがいた。
李紗はアレックスがここにいることが信じられなかった。フロリダ大会のはずなのに、も う、アレックスと別れたはずなのにどうしてここにいるの?
李紗は心の中で、この日をひたすら待っていた。
アレックスは李紗に気づくと二、三歩足を踏み出した。そして、李紗も「アレックス」と 叫ぶと、彼の胸に飛び込んでいった。
ふたりは今まで抑えていた分まで強く抱きしめた。そして、アレックスは李紗に言った。
「李紗、僕は間違っていた。李紗と別れるなんて僕はどうかしていた」
「アレックス」
李紗は胸が張り裂けそうになった。そして、こみ上げてくる熱い思いを必死に抑えた。
「李紗、君を失いたくない。僕のところに戻ってきてくれるね」
「もちろんよ。アレックス」
寛子は心配そうに二人の様子をうかがっていた。お節介と寛子は思ったが二人をよびだし た。それは寛子の感と言ったら、李紗とアレックスが納得しないだろうが直感だった。

ロバートと寛子の別荘で李紗とアレックスのウェデングパーティーが華やかに行なわれ たのは翌年のサンクス・ギビングだった。