HITOMIKUYOU(人身御供 最終章) 

結局、睦子の願いも虚しく浩樹は告別式にも間に合わず、家に帰ってきたのは葬儀が終 わって三日目のことだった。
「ただいま、誰かいますかー?」
浩樹はいつもの調子で玄関のドアを開けた。睦子はその 声に気が付くとすぐに玄関に行った。
そこには、お正月に忠司に買ってもらったばかりの 一眼レフのカメラと汚い大きなバック抱えた浩樹がニタニタした顔で立っていた。
「浩ちゃん、どこにいっていたのよ?」
「どこって、石垣島だよ。もう、メチャクチャ楽しかったよ」
と何も知らない浩樹は怒っ た顔の睦子に言った。
「なんでそんな遠くに行ったのよ。どこに行くかも言わないで、なんにも連絡しないで、 バカ、バカ、浩ちゃんのバカ!もう、お父さんが死んじゃったのよ!」
「脅かすのやめてよ!お母さん、そんな冗談よくないよ!」
と浩樹はそう言いながら、家 の中から匂うお線香に気が付いた。
「浩樹、言いから来なさい」
睦子は浩樹を和室に連れて行き、忠司の亡骸を浩樹に見せた。
「なんなんだよ!これ!なんでお父さんが死んじまったんだよ!」
と浩樹は驚きのあまり にその場に立ちすくんだ。
「浩樹ったら、お父さん、死んでしまったのよ!あんたが帰ってこないから、お父さんに お別れもしてないじゃない・・・・・・」
と睦子はそう言いながら泣き崩れた。
「お母さん、お父さん、なんでこんなに急に死んだんだよ」
と浩樹がぼそぼそと言った。
「お父さん、会社の屋上から飛び降りたのよ!それで死んじゃったのよ!」
と睦子は久し ぶりに感情的になった。
「自殺!」
そう言うと、浩樹は忠司の祭壇の前に座り、しばらくの合掌した。
そして、黙 ったまま二階の自分の部屋に駆け上がって行った。
睦子は浩樹を追いかけて二階に行った。
「有ちゃん、話を聞いて欲しいのよ」
と睦子は忠司のことを話そうとした。
「今じゃなければだめなの?」
と、浩樹はベッドに潜り込んだ。睦子はそんな浩樹を見て、 「嫌ならいいのよ。後にするわ」
と、そっと部屋のドアを閉めた。
浩樹は頭から蒲団をかぶりながら、忠司を罵ったことを悔やんでいた。
一月十七日、浩樹は石垣島に行く前日、静岡の忠司のところに写真を見せに行った。
それは忠司が浩樹に買ってやったカメラで撮った写真だった。
「これ、どう思う?」
と浩樹は五十枚ほどの写真を忠司に見せた。
「どう思うと聞かれても、これって海か?」
「見れば分かるだろう。海だよ」
「海は分かるけど、景色じゃないじゃないか?こんな写真を五十枚も撮ったのか。現像代 だって高かっただろう?」
「そんなこと聞いてないよ。よく見てよ。海の色や波の変化だよ。ほんとうに海が好きだ から、海の顔を撮ったんだよ」
「お前は子供の頃から、変っていたからな。そんなバカらしいことに夢中になれるのだよ」
「なんだよ。そんな言い方ないないだろう!もう、いいよ」
と有紀は怒った顔をした。そ んな有紀の心情を忠司は無視して話した。
「それよりも、大学で勉強しているのだろうな!その約束でカメラを買ったのだから、忘 れるなよ」
「これ、正月に撮ったお父さんの写真、顔って、その人の心を映すんだよ。どの顔も最低 だよ」
と浩樹は別の袋の中から取り出した写真をテーブルに叩きつけた。
忠司はその写真を見て、黙り込んでしまった。それからすぐに浩樹は荷物をまとめて忠司 の部屋を出ていった。
忠司は浩樹が言ったように、自分の顔が歪んでいるのが気になっていた。
ここ一ヶ月ほ どで、随分と歪みが酷くなってきていた。
それは忠司の心と比例していた。もう忠司が自分自身でコントロールできないくらい精神 状態が最悪になっていた。
ベッドの中で浩樹は、あの時、忠司が自分の写真を見ながら黙りこくって、俯いたまま 最後まで顔を上げなかった様子を想い出した。浩樹は身体を丸くしながら、このもの悲し い苦しさに耐えた。
いつのまにか浩樹は眠っていた。
「有ちゃん、ご飯よ」
と睦子に起された。
少し腫れた目で浩樹は睦子と二人で夕ご飯を食べた。
「お兄ちゃんは、アメリカから帰ってきたの?」
「お通夜に孝ちゃんは帰ってきたわよ。今日は?」
「朝から出かけているわ。まだ、帰ってこないけど」
「浩樹、大丈夫?」
「うん」
「ご飯が済んだら、話を聞いてもらいたいのよ」
「分かった」
食事が終わると二人は忠司がいる和室に行き、睦子は先にお線香をあげた。そして、浩樹 も忠司にお線香をあげた。
睦子はお通夜の晩に、孝太に話しことを浩樹に話した。睦子は孝太の時よりも、もっと リアルに忠司の魂と話しことを真剣な顔をして喋った。
それは浩樹にどうしてもこのこと を信じて貰いたかったからだ。
「お母さん、それってお父さんじゃなくて、会社の安田さんって女性(ひと)と話したんだ ろう」
「なに言っているのよ!お母さんが嘘をついているとでもいうの?!」
「そうじゃないけど、トイレで安田さんと会って、お父さんが会社で飛び降りる前に訳の わからないことを言っていたことを聞いたんだろう」
「違うわよ。もういいわ。浩樹は信じないのね」
「そういう問題じゃないよ」
睦子は悔しかった。忠司から言われたことが泡のように消えていくのが睦子には悲しすぎ た。それもこんなに愛しい息子に本当のことを言われたことが・・・・・。
でも、ここで浩樹が言ったことを認めたら、これから先ずっと家族を捨てた忠司を許せな くなると思った。
「もう、いいわ。浩樹には、何も言わない!」
と睦子はプイと顔を横にした。
浩樹は忠司と静岡で会ったことを睦子に話すことをやめて、ぼそぼそと独り言でも言うよ うに睦子に言った。
「お母さん、お父さんは自分から海に戻っていったんだよ」
睦子は浩樹のこの言葉に少し救われた思いがした。   完