遥かなるオレゴンコースト9



李紗はアレンからイーチンを教えてもらってから事ある度にひとりで易占をやっていた。
初めてアレンが占ってくれた時のように、李紗の運気は上昇気流に乗っていなかった。
会社に勤めて三ヶ月が過ぎたころ仕事の疲れとアレックスに会えないストレスで李紗は 寝込んでしまった。その夜、李紗は半年ぶりにコインを振って占ってみた。
需(waiting)の卦が李紗を導いてくれた。需には、変化を求めず、今までのやり方を守り、 中心から離れて待つこと。まさに焦って早く手に入れようとしないで、常日頃から自分の 持っている実力や知識に磨きをかけることと言っていることが李紗も納得できた。
そして 李紗は「気」を信じた。仕事にもアレックスに対しても今の状況を冷静に判断して自然の 流れに身を任せて焦らず時が熟すのを待った。
そして李紗は占いをして一ヶ月もたたない うちに、運気が再び巡ってきた。
USオープンの開催地のニューヨークでアレックスと逢い、そして母親の寛子や妹の美紀 と過ごす休暇も取れた。この休日で李紗はすっかり元気になり、アレックスとの関係も今 まで以上に充実したものとなった。
だからこそ、李紗は新しい旅立ちをする妹の美紀にも、子育てを終えて自分の道を歩ん でもらいたい寛子にもこのイーチン(易経)をやりたかった。
「お姉ちゃん、私が先にコインを振ってみていい?」
「いいわよ」
美紀はこれからのニューヨーク生活に思いを馳せて振ってみた。
そして美紀は観(observation)の卦がでた。まさにニューヨークで新しい生活を始めるの に相応しいものだ。しっかりと自分の周りを見て、生活に慣れるよう観察する。自分の目 で、そして心で見ることで見聞を広め,学問や趣味に力を注ぐ好機でもあると、李紗は噛み 締めるように美紀に話した。
美紀の精神集中がもたらした「気」を易占によって導いた。 美紀は凛として、明日からの自分の生き方に胸を張っていこうと立ち上がった。
そんな様子を見ていた寛子は少しばかり怖くなって、 「私はいいわ。なんだか、分からないのよ。なにも変化を望まない生活に何を占えばいい のか分からなくなっちゃった」
「何言っているのよ!これからどうしていいのか不安だから、占うのよ。お母さんは幸せ になるべきだわ!」
と美紀が寛子に言った。
「今でも、お母さんはとっても幸せよ」
「違う、お母さんはこのままじゃ、だめよ!」
と美紀は寛子と女性として対等な立場で話 し始めた。それは李紗も同じ気持ちだった。
母が再婚もせずに娘たちを育て上げた苦労に 感謝の気持ちをこめて、寛子の新しい人生の旅立ちを応援したいと思った。
 寛子はふと、心の奥底に燻っているロバートのことを思い描いた。

あれから三十年とい う歳月が流れ、二度とアメリカには行くことはないと思っていたこの地を再び訪れること になった。この巡り合わせに寛子の心は躍った。娘たちが母の幸せを思う気持ちに応えた いと思った。
そして寛子は沸々と湧き出てきた思いがはっきりとしてきた。そして、寛子 は心から女として幸せになりたいと思った。
「李紗ちゃん、お母さんもやってみるは、このコインに願いを架けて振ってみるのね」
「そうよ。おかあさん、やってみて」
寛子は初めてやる易占に精神を集中させた。そして一回、二回、三回とコインを振った。
李紗がその度にメモを取った。そして卦象が出たところで李紗は寛子の顔をみた。
「お母さん、漸(marriage)が出たわ。これから、出会いがあって順序を踏んで行くと幸 せな結婚が得られるわ」
「えぇ、結婚!」
寛子は予想もしないこの答えに喜びを表した。もちろん、李紗も美紀も 驚きのあまりに絶句してしまうほどであった。
「人生を投げちゃだめね。希望をいつももって生きていかなければいけないわね」
寛子は久しぶりに晴れ晴れとした気分になり、頬を赤く染めた。
そして三人三様に人生の道しるべを易経(イーチン)から得て、李紗はポートランド、寛 子は東京へと帰っていった。
ひとり残った美紀は音楽学校に同じ九月入学の日本人学生やメキシコ人学生たちとすぐ に親しくなり、その後、寛子が心配することもなくNY(ニューヨーク)生活を満喫してい た。その証拠に一度も日本に帰りたいなどと言う電話が寛子のところにも、李紗のところ にも無かった。
李紗は仕事とアレックスの応援と忙しい日々を送っていた。そんな中、李紗が十一月の 初めに仕事で東京に来た。
「お母さん、明日、付き合ってもらいたいことがあるのだけど?」
「明日、李紗ちゃんはいつも急なんだから!」
「明日の六時に六本木で待ち合わせよ。ボスも一緒だから」
「えぇ、何だか緊張しちゃうわ」
「大丈夫だから、心配ない」
寛子は李紗の誘いがこれからの寛子の運命を変えるようなことになるとこの時には、微塵 も思わなかった。
そして、寛子は信じられない出逢いをすることになった。
「少し、服が派手だったかしら?」
鏡に映る自分の姿に寛子の心がハミングしているよう に、「綺麗よ」と囁き声で応えた。
寛子は五十歳とは思えない容姿でいつも娘の李紗とは姉妹ように見られるほどきめの整 った肌と艶やかな黒髪の持ち主であった。