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HITOMIKUYOU(人身御供8) 「あなた、あなたったら、大丈夫?!」 睦子が忠司の叫び声にびっくりして、声をかけた。 「夢だよ。地震の夢をみたんだよ」 と汗でじっとりと濡れた額や身体を慌てて拭きながら 忠司は答えた。 そして忠司はベッドから起き上がり、寝汗で濡れたパジャマを取り替えた。 睦子は昨日から引越し荷物の整理をするために東京から静岡に来ていた。 単身赴任用の狭 い部屋に泊まろうか東京に帰ろうか迷ったあげく睦子は泊まることにした。 明け方、忠司の魘された声に睦子は起こされたが、黙って布団から起き上がり、薄明か りのスタンドの灯りに浮かび上がる忠司の顔を覗き込んだ。 苦しい声を上げながら、鬼の 形相になった忠司の顔がいっそう険しくなっていき、この世のものとは思えぬ顔に変り果 てた。睦子は途轍もない恐怖に襲われ、おもわず声を張り上げた。 「あなた、あなたったら、大丈夫?!」 その恐怖は忠司の死を予感させるものだった。 すぐに夢の世界から現実の世界に戻さなけ れば、忠司が危ないと睦子は咄嗟に察して叫んだ。 睦子の声に目を覚ました忠司は、ベッドから起き上がった。忠司のおぞましい死に顔が 消えていたので、睦子は少し安心した。 「無理しないでくださいね。昨夜も歓迎会と言っていたけど、ベロンベロンに酔っていた わよ」 と睦子は忠司を心配した。転勤は何度も経験している忠司でも、疲れたのだろうと 睦子は思った。 「あぁ、昨日は飲みすぎたよ」 「もう、若くないのだから。何だかあなたのこと心配だけど、私、今日の午後には東京に 帰りますからね。ほんとうに無理しないで下さいね」 「わかっているよ。こんな夢ぐらいで、心配することないよ。ところで、今、何時だ?」 「五時半よ」 と睦子が答えた。 「五時半か…」 と忠司は時計を見た。 この時間がまた来たと忠司は身震いをしながら、ベ ッドに腰をおろした。 それはあの神戸の大地震以来、忠司はこの夢に苦しめられていた。 そしてそれはいつも明け方、ほぼ同じ時間にやってきた。 夢であって夢とは思えぬリアルなものだった。 忠司の夢はすべてがあの時と同じように 始まる。地鳴りが凄い勢いでやって来て恐怖の揺れが始まるのだ。 箪笥や冷蔵庫がバタン、 バタンと倒れたと思うと激しい揺れの反動で跳ね上がり、機関銃のように襲いかかる家具 や、部屋中にあるすべての物から必死で身を守ろうとテーブルの下に這いつくばって移動 しようとした。そのテーブルさえも飛ばされ、二十秒足らずの揺れがとてつもなく長く感 じ忠司は必死でもがき苦しみ、気が付くと体中が汗まみれになる。 地震直後は毎日のよう にこの悪夢が忠司を蝕んだ。 それがここ一年ほど無かっただけに、忠司はガックリと肩を 落とした。まだ、神戸を引きずっているのかと忠司は半ば呆れた思いになった。 しかし、忠司は小首をかしげながら、昨日、出席した東海地震のシンポジウムのせいだ と勝手に理屈をつけた。 何時おきても不思議でない東海地震に怯えているだけだと忠司は この夢を分析してみた。 確かに東海地震の研究は四半世紀の長い期間、多くの研究者や学 者によってメカニズムが解明されてきた。そして彼らは今まさに「予知」という壮大な自 然界との戦いに挑んでいる。 東海地震は直下型地震と違い地震の規模も比べものならない くい大きい。ここ数年の間にとても詳しく東海地震がどのようなものかが分かってきた。 このような情報が多ければ多いほど、地震に対する恐怖心が増大してきても無理のない話 だ。 そして、忠司がこのようなトラウマの犠牲者のひとりであっても、会社という組織の なかで生きていくには静岡から離れるわけにはいかなかった。 もちろん忠司は静岡を離れ ることなど考えてもみなかった。 ましてや部長の地位を捨てるなどということは微塵も思 わなかった。 しかし、六ヵ月後、睦子が心配していたあの「死の恐怖」が忠司を襲った。 「奥様、片桐部長が大変です。すぐに静岡に来てください」 と部長席付の安田可采子から 東京の睦子のところに電話がかかってきた。 「何があったのですか?!」 睦子は突然の電話に取り乱してしまい、可采子が喋っている ことが分からなくなっていた。 ただ、救急車で忠司が病院に運ばれたとうことだけが睦子 の耳に何度も何度も聞こえてきた。 受話器を置くと睦子は目眩を感じて横になった。 目を閉じた睦子はしばらく夢を見ているような不思議な気持ちになった。 次々と浮ぶのは 忠司のお葬式の映像だった。 まだ、忠司が死んだわけでもないのに葬式の手配をしなけれ ばと慌てて電話帳をめくる睦子がいた。 「こんな時に何をやっているの?」 と自分に言ってみた。 睦子は再び激しい目眩に襲われ その場に倒れこんだ。 そして身体をくの字に曲げて両手を耳に当ててみた。すると可采子 が電話で言った言葉が睦子の海馬をすりぬけるように流れた。 「部長が大声で訳のわからない事を言って、屋上から飛び降りたのです・・・・・・・」 睦子は震えながら泣き出した。 |