HITOMIKUYOU(人身御供6) 

忠司は権藤に会う事ができた。
権藤はジャパン火災の調査がどこもで進んでいるのかが 気にかかっていた。
そして、忠司からどんなことを言われるのかと内心ドキドキしていた。
「片桐課長、今日はいったいどうしたのですか?」
と権藤は大声をあげながら店に入ってきた。
そして、ニヤニヤと笑いながら忠司に近づいていった。
「近くまで来たので、ちょっと寄ってみたくなりましてね」
と忠司も薄ら笑いを浮かべて こたえた。
そして権藤も忠司も笑みを浮かべながらも、今までと違った息苦しさを感じな がら椅子に腰掛けた。お茶を持ってきた勝江がそんな二人にむかって、
「片桐さんにこのキャリオカをお薦めしたら、欲しいけど値段もいいので無理ですね。と 言われちゃったのよ」
「いや、そうなんですよ。東京に家を購入したばかりで、二十万はちょっとね」
と忠司は 勝江の言葉に乗って喋り出した。すると権藤は思いついたように
「家を東京に買われたのですか。それなら、お祝いですよ。このキャリオカを東京のお宅 にお届けしますよ」
「それは困りますよ。頂けませんよ。権藤社長」
忠司は慌てて断った。
「片桐さんにはいつもお世話になっているし、ほんの気持ちですわ。ゴルフ仲間としてお 祝いですよ」
「ほんとうに困ります」
「まあ、良いじゃありませんか」
「そうよ。片桐さん、うちの人がそう言っているのだから、遠慮することはないわよ」
と 勝江も加わってきた。
「ほんとうに頂けませんよ。保険金のことがまだ片付いてないし、権藤社長」
「それはそれ、これはこれですよ」
権藤の強引なまでの申し出を忠司は断りきれずにいたが思い切って立ち上がり、
「私の立場を考えてくださいよ。頂けませんよ」と強い口調で言い放った。
「片桐さん、怒っちゃったみたい」
と勝江が困った顔をしたが、権藤は悠々と立ち上がり、 忠司の肩をたたきながら、
「分かりましたよ。片桐さんの立場も分かりますが、そんなに気にすることでないですよ。 それなら、一万円で買ってもらったことにしましょう。どうしても、受け取ってもらいた いんだよ」
と権藤は決して引き下がらないと誇示してみせた。
なかば呆れた顔をした忠司は黙って肯いて、
「それでは一万円で買います」
と言った。 結局、このキャリオカはすぐに東京の忠司の家に届けられた。
倉庫火災の放火犯が警察によって挙がらなければ、保険金は支払う事になる。
どんなに 権藤が疑わしくとも、状況証拠だけでは警察も自白に追い込めない。
目撃者もなく、権藤 につながる手がかりもみつからないとなれば、どうみても陳腐な報告書ができあがり、こ の厄介な事項を終わらす事ができると忠司は結論付けた。
権藤が闇のルートを使って放火 を依頼したのか権藤自身が犯行に及んだのか、どちらにしても権藤が考えたシナリオの結 末を信じようと忠司は思った。
そして、白井が権藤のシナリオを破きすてるようなことに なれば、開き直ればいいんだと覚悟した。
忠司は店から出ると、小夜子に電話をかけた。
「小夜子、いまから行くから」
「夕食はどうするの?片桐さん」
「なんでもいいよ」
「じゃー、今から買い物に行ってくるから、部屋に入っていてね」
「あぁ、そうするよ」
小夜子とは、忠司が神戸支店に転勤になってすぐに上司と部下の関係を超えてしまった。
三十歳を過ぎた地味目な小夜子が課長の忠司に恋心を抱いたと言うよりも、忠司が単身赴 任ということもあって飲みに行ったことがきっかけとなり二人が急接近した。
そして一ヶ 月も経たないうちに二人だけの時間を小夜子のアパートで過ごすようになった。

 小夜子は忠司の都合にあわせて夜を過ごすようになってから、不倫という割り切れない 恋の辛さに耐えられなくなっていた。
それでも、忠司が東京に帰らないで週末を小夜子の アパートで過ごしてくれることが忠司の愛情に思えてますます深みに嵌っていった。
忠司はそんな小夜子の気持ちに気付くことも無く、安らぎのある寝床を求め、そして小夜 子の柔らく温かな身体を求めてこのアパートを訪れた。
「小夜子、お帰り、寒かっただろう」
と、忠司は玄関に迎えにでた。そして小夜子が手に 持っていた買い物袋を受け取ると忠司は優しく小夜子を抱きしめた。
忠司は抱きしめながらいつものように小夜子にキスをしようとすると、忠司が手に持って いる買い物袋から飛び出ている葱が小夜子の首筋に当たった。
小夜子は思わず、身を震わ せて唇をギュート結んだ。
そして「冷たい」と叫んだ。
「ごめん。小夜子、葱が君の首にあたったんだよ」
「いやだわ。葱だったのね。ほんとうにびっくりしたのよ」
「お詫びに夕食はつくるよ」
「いいわよ。すき焼きだから」
小夜子は狭いキッチンに忠司を入れたくなかった。
そして、手早く調理してテーブルに鍋 を運んだ。
そして忠司はビールを小夜子のグラスに注ぐと
「おいしそうだね。君は料理がうまいな」
と忠司はひと時の夕べの安らぎを小夜子に感謝 した。
「片桐課長はお口が上手いから、気をつけなければ」
「何を言っているんだよ。小夜子」
「だって、営業一課の坂本さんに言い寄ったでしょう」
「坂本?」
「坂本智子よ。ちゃんと分かっているのよ」
「白井のところの坂本さんね。確かに言い寄った訳じゃないけど、一緒に飲みに行ったよ」
「坂本さんは権藤総業の営業担当でしょう」
「なかなか小夜子は感がいいね。白井が東亜火災のインスぺクターから権藤の自動車事故 の新しい情報を得たみたいなんだよ。警察がすでに手を引いた事件だからどれだけの情報 を掴んだのか」
「坂本さんがなぜ、そんな情報を知っていたの?」
「あぁ、坂本さんのお父さんが東亜火災のインスペクターなんだよ」
「じゃ、坂本さんのお父さんは元刑事さんなの?」
「そうだよ。それも凄腕のね。だから、山本組に関係することにはかなりの情報をもって いるんだよ」
「権藤総業と山本組は関係があるの?」
「あると、思うよ」
「でも、すでにうちの会社は保険金を支払ってしまったのに大変じゃない」
「そうだよ」
「白井課長、どうするつもりなの?」
「どうするつもりかな?」
忠司は白井に追い詰められていく自分を感じていた。