遥かなるオレゴンコースト6![]() 恋愛と結婚が結びつくには、幾つかの流れがある。 その流れは緩やかであったり、急であったり、当人同士の意思が上手く同じ流れに乗っている時に 「結婚」という一つのゴールが見えてくるものであって、 李紗の流れにアレックスが乗っているか、アレックスの流れ に李紗が乗っているか二人の関係は微妙な時期にさしかかっていた。 恋におちた若い二人は片時も離れずに傍にいたい想いが募り、自然と二人で過ごす時間 が長くなり夢中で愛し合い、お互いを独占し合い恋愛関係が最高のものとなる。 しかし、結婚となるとそうは行かない。婚姻届を出した時から二人の愛に責任を持つ事 になる。もちろん、李紗とアレックスの心の片隅に結婚の厳しさは見えているが、人を恋す ることにより一瞬何も見えなくなり「結婚」という魅力のある言葉に振り回されてしまう ことになる。 結婚は人生においてとっても大事なことだ。 恋愛は愛が冷めたら責任をとることはなく別れる事が出来るが、結婚はすべてにおいて責 任を取らなければならない。それは挙式の誓いの言葉にすべてが集約されているように、誓 い合ったらそれを死ぬまで守り続けなければならないのだ。 男は男の心で、女は女の心で「結婚」という形式に乗って家庭を築くことになる。夢と希望に満ちた結婚に憧れた李紗 はごく普通の女子(おんなのこ)なのだ。 その証拠に・・・・。 恋愛の証が「プロポーズ」と信じている李紗の乙女心は、どうしても彼からプロポーズ をしてもらいたかった。そうなることを李紗はここ数日間ずっと思っていた。 まるで恋する乙女が永遠に思い描くような、切なくなるほどの胸がときめくようなロマ ンティックなプロポーズを待っていたのだ。 それは、お互いに大切な人であることは充分 に確認しあっていても二人の関係がもっと現実的に「結婚」という結びつきになることを 李紗は心待ちにしていた。 アレックスからのプロポーズを夢みる乙女心と現実の世界でプロテニスプレイヤーとし て歩み始めたばかりの野心に満ちた男心のギャップに李紗はまったく気づこうとはしなか った。 それどころかアレックスが必ずプロポーズをしてくれると思い込んでいた。 「お母さん、アレックスを紹介する日がとうとう来たわ!」 「試合に負けたら、どんな事を話せばいいの?李紗ちゃん」 「お母さんが心配することはないわよ。試合は奇跡でも起こらない限りナンバーワン・プ レイヤーのアガシに勝つ事はないわよ」 「李紗ちゃん、そんなこと言ってはダメよ。彼はプロのテニスプレイヤーでしょう。勝つ と思わなきゃ!」 寛子はまだ見ぬ娘の恋人が奇跡を起こしてくれそうなそんな気持ちになった。 そして、クラッシック・メドーの巨大な擂鉢状の客席から見つめるメインコートで 今から始まる試合を寛子はドキドキしながら待った。 「お母さん、アレックスよ。アガシの後から歩いてきているわ」 「帽子でよく顔が見えないけど、日本人みたいね」 寛子はアレックスが韓国人であることを李紗から聞いていたが、日本人でないということ が心に引っかかっていたのか思わず国籍を気にして見てしまった。 「そうよ。でも日本語は話せないのよ」 「そうなの、彼は韓国語を話すの?」 「アレックスは英語よ。韓国語はあまり話さないみたいよ」 「彼はアメリカで生まれたのでしょう。ご両親もアメリカで生まれたのよね」 「三世だから、ほとんど韓国語は使わないみたい」 「李紗ちゃん、お母さん英語が話せないし、なんだか心配になってきたわ」 「お母さんは心配しなくて大丈夫よ。それより試合がもうすぐ始まるわよ」 「もう、始まっているんじゃないの?ボールを打っているわよ」 「ウォーミングアップをしているのよ。ほら、お互いにサービスをしているでしょう。こ れが済んだら、ゲームが始まるのよ」 「ねぇ、李紗ちゃん、お日様がギラギラしてきたわよ。とても暑くなりそう」 「日に焼けるから、日焼け止め塗ったほうがいいわよ」 「そうね。李紗ちゃんも塗るでしょう。これでアレックスを応援できるわ」 試合が始まると、寛子と李紗はアレックスに声援をおくった。試合はアガシのペースで進 んで行った。ひと回り近い年の差を感じさせないアガシのフットワークとナンバーワンプ レーヤーのボールコントロールの正確さにアレックスは苦しめられたが、必死にボールを 追いかける姿は観客の心を動かすものだった。 「ゲームセット」試合はアガシの圧勝だった。 「惜しかったわね。いいところもたくさんあったのに負けてしまったわね。本当に残念ね」 寛子はこう言ってから、溜息をついた。そして爽やかなアレックスのテニスの試合を見て この清々しい青年が娘の恋人であることを誇らしく思えた。 「李紗ちゃん、アレックスと出会えて良かったわね。この試合を見ただけだけど、彼の素 晴らしさが分かったわ」 「ありがとうお母さん、彼はほんとうに誠実でとっても尊敬できる人なのよ」 李紗は寛子がアレックスに好意を持ってくれたことがうれしかった。 そして今日の試合を 寛子と観戦することができたことを心から感謝した。 |