遥かなるオレゴンコースト5



八月二十九日に李紗は、
寛子と美紀の二人とNY(ニューヨーク)ケネディー空港で待ち合わせのためにポートランドからの直行便でNY(ニューヨーク)ケネディー空港に向かった。
李紗は一週間の休暇を取る事ができた。
それは会社に入って二ヶ月足らずで休暇が取れたのも李紗の初仕事であるナイキJAPANとの交渉がロバートの戦略通りに運んだからだ。
時期を同じくしてNYで行われるテニスの四大大会の一つUSオープンに
アレックスがエントリーしていることもあり、
寛子にアレックスを紹介することになっていた。

「李紗、李紗ちゃん」
と呼んでいる声の方に振り向くと、多種多民の人々で溢れているケネディー空港のインターナショナルターミナルの到着ロビーに黒髪の日本人女性を李紗は 見つけた。
「お母さん、美紀ちゃん、もう着いていたの?」
「そうなのよ。一時間ほど予定より早く着いたわ。思ったより飛行機は快適だったわよ」
「それは良かったわね。ところで美紀はNYでやっていけそう?」
「お姉ちゃん、それどういう意味?」
「意味なんてないわよ。憧れのNYで暮らせる美紀が羨ましいから、言ってみただけ」
「私はお姉ちゃんのように頭も良くないし、英語も下手だけど、歌だけは負けないもん!」
美紀は二人姉妹ということでいつも姉と比べられて、頭が良くてしっかりしている李紗にいつのころからか劣等感を持っていた。
そして美紀は祖父や祖母がいつまでも自分を赤ちゃんのように可愛がる事を嫌っていた。
それは両親の離婚で、美紀が父親の愛情も知らない赤ちゃんということで祖父母は不憫に思い、
美紀に対してよけいに愛しさが増してとっても可愛がっている。
美紀を我侭にしてしまったのも、何事も中途半端な生き方になってしまったのも、こんな家庭環境があったからだと美紀が思い込み、
こんなジレンマから逃げように美紀はアメリカ行きを決行した。
祖父母には、李紗のように英語の勉強をすると言って、母の寛子にだけ真実を打ち明けた。
もちろん、李紗のいるポートランドでなくNY(ニューヨーク)に決めたのも李紗に対する劣等感を払拭する為だった。
「美紀ちゃん、お母さんは美紀ちゃんの気持ちが分かるわ。
美紀ちゃん、イライラしないで落ち着いてちょうだい。
今の美紀ちゃんならちゃんとNY(ニューヨーク)でやっていけるから」
寛子は美紀がNY(ニューヨーク)に留学することを許したことを後悔していた。
寛子の心は淋しく揺れていた。
また日本で子供たちのいない生活をすることになるのかと、
覚悟は出来ているつもりでも寛子はここに五日間滞在したら、
愛する娘たちと別れなければならないと思うと悲しさが胸に込み上げてきた。
もちろん美紀もNY(ニューヨーク)に来てみたものの一人でやっていけるかと不安は大きくなるばかりで、
彼女自身かなりナーバスになっていた。
美紀は大学二年のときに半年間オーストラリアで語学留学を経験しただけでなので、
好きなジャズを勉強すると言っても語学力が足りない事も充分わかっていた。
そんな美紀の気持ちを無視して李紗は無神経な言動を続けて、再会の嬉しさも次第にしらけて行った。
「NY(ニューヨーク)はテロの後遺症でアジアの留学生にも厳しいから、美紀も大変だよ」
「分かっている。アパートだって安全なところにしたわ。 その分家賃が高いけど、もう渡米する前に何度も考えたのだかえら、
お姉ちゃんにゴタゴタ言われたくないの!」
「美紀も成長したかなって思ったけど、まだまだだね。お母さん?」
「李紗ちゃんがアメリカに留学した時より、美紀ちゃんのほうが随分しっかりしているわよ。
それよりも李紗ちゃん、イエローキャブに乗ってホテルに行きましょうよ。
お母さん疲れたわ」
と、寛子は李紗を窘めた。
「そうね。長旅だったしね。それから美紀ちゃんに言い過ぎたわね。ごめんね」
李紗は気まずい雰囲気をやっと察して美紀に謝った。
「お姉ちゃんはいつもそうなんだから、言いたい事を言って人を傷つけて、
謝れば済むと思っているのだから」
美紀は自分でコントロールできないくらいイライラしていたが、これからNY(ニューヨーク)で暮らす不安を李紗にぶつける事で紛らわしてようでもあった。
「美紀を心配して言ったのよ。本当に心配して言ったのよ」
「もう、二人ともいいでしょう。早く行きましょう」
と寛子が二人の間に入って、スーツケースを押しながらタクシー乗り場に向かった。
タクシー乗り場には数人の客が待っていたが、
順番が直ぐ来てインド人風のタクシー・ドライバーに呼ばれて、行き先を言うとすぐに三個のスーツケースをトランクに入れてイ エローキャブは走り出した。
空港からハイウェーに乗ってマンハッタンに向かう途中にフラュシングメドウコロナパークが右手に見えてきた。
「お母さん、あそこがナショナルテニスセンターよ。USオープンが開催されている所よ」
「あそこ、どれがそうなの?」
「あれは、NY(ニューヨーク)メッツよ。野球よ?」
「テニスはどこよ?」
「もう、通り過ぎたわよ」
と李紗が突き放すように言ったら、寛子は少し声を荒立てて
「李紗ちゃん、そんな事言わないでよ。同じような建物が三つも四つもあるじゃない・・・」
と、寛子いい終わらないうちに美紀がさっきの仕返しとばかりに
「そうなのよね。お姉ちゃんは分かっていても、ママも美紀もどれがテニススタジアムか
どれがメッツ球場か分からないわよね」
と、李紗を責めた。
三人は運転手がいることも忘れるくらいエキサイトして喋り出したので、車の中は女三人ですっかり姦しくなっていた。
「ところで、アレックスにはいつ会うの?」
寛子が李紗に尋ねた。
「九月一日に本選の第一日目があるのよ。彼ね。
第一シードのアンドレ・アガシと試合することになっているのよ。
凄いでしょう!試合が終わってから会う約束になっているの、だから九月一日ね」
李紗は、寛子にアレックスを紹介することで彼からのプロポーズを期待していた。