HITOMIKUYOU(人身御供3) 

「睦子」と忠司は久しぶりにベッドで呼んだ。
二人の寝室は八帖の部屋にツインベッドが壁側と窓側にポツン、ポツンと離れてある。
この家を購入した時は壁側に二つベッドがくっ付いてあったが、忠司が神戸支店から本店に戻って来たその日から冷たい川ができた。
「なに、もう眠いわ」
「こっちにこいよ。しばらく静岡だ」
「静岡なんていいじゃない。きっといいところでしょうね」
「明日も会社だ。早くこいよ」と、忠司はすぐに済ませたかった。
睦子が素直に忠司のベッドに来てすべてを受け入れて、そっとベッドに戻れば忠司が満たされたまま就寝できることを意図することだ。
「もう、疲れたから」
睦子はそう言って、忠司に背を向けるようにクルリと寝返りをした。
「そんなに疲れたのか」と、忠司は怒ったように冷たく言った。
睦子が本当に疲れていても忠司は気遣うことができなかった。
それは忠司が子供の頃から、欲しいものを安易に手に入れることができたことで、
自己中心的な性格になったことも原因の一つかも知れない。
人生の峠を過ぎた忠司が築いた睦子との夫婦愛は実にチープなものであった。
自己愛に執着する幼稚な男性(おとこ)が若い独身女性の母性をくすぐるのか、何人かの女性と忠司は関係をもった。
そして小夜子もその中の一人だった。
震災によって「浮気」という言葉で済ませることができない小夜子との恋の結末に忠司は初めて狼狽した。
それでも睦子に対して忠司が求めたものは、男の我侭をすべて受け入れ続ける妻睦子であった。
その夜は二人とも川を渡ることもなく眠りについた。
翌日から忠司は連夜の送別会が続き午前様の帰宅になり、睦子は忠司を避けるように先に寝ていた。
孝太も忠司と言葉を交わす事もなくアメリカに旅立ってしまった。
そして次男の浩樹は未だに父親が転勤になったことも知らないくらい家にまともに帰ってくることがなかった。
バラバラな家族でも不思議と家族として成り立っていた。
夫婦が別れて生活しなければならない辛さや淋しさが、二度目の単身赴任のせいか忠司も睦子もなかった。
睦子はこの数年の間に気持ちが大きく変わってしまいほとんど忠司に対する感情が死んでしまっていた。
そんな睦子の心境の変化にまったくと言っていいほど気づかない忠司だった。

七月十日、忠司は静岡支店で部長として初めての挨拶をした。
この日のために新調した濃紺のスーツに臙脂と紺のレジメンのネクタイを選んだのには訳があった。
二十八年前の入社式に着た紺のスーツにブルーとグレイのレジメンのネクタイを思い出して忠司は、
猛々しい男の野心に溢れていた若さに想いを馳せた。
草臥れかけた中年オヤジが、昇進と言う名の次の階段を駆け上がるにはそれ相当のエナジーが必要だったからだ。
会社人間の忠司にとってスーツは武士の鎧と同じようなもので気合が入っていた。
新任の挨拶を済ませ席に戻ると
「片桐部長、本日の午後一時から東海地震防災シンポジウムがあります」
と女子職員の安田可采子に言われた。
「そうですか。午後一時ですね」
と忠司は答えたが、神戸の廃墟となした街並みが頭を過ぎった。
そして東海地震が何時起きてもおかしくない静岡に愕然として、忠司の身体が小刻みに震えた。
阪神淡路大震災の恐怖が忠司の心にトラウマとなってじわじわと迫ってきた。
ちょっと前までの武士の気合がヘナヘナとなえていった。
「産業経済会館であります。場所は地図がパンフレットに付いていますが、お分かりになりますか?」
「会社のすぐ近くですね」
と言いながら、忠司は額に滲んだ汗をハンカチで拭った。
「そうです。歩いてすぐのところです」
と忠司の微妙な変化を察して可采子は緊張して答えた。
新任の部長との上司と部下のリレーションシップをスムーズにやっていきたいと可采子は思っていた。
「社に戻ってからシンポジュームに行く予定ですが、変更になったら電話を入れます」
と可采子に告げると忠司は出先の挨拶廻りに遽しく出かけていった。
予定より早目に切り上げたつもりだったが、あっという間に十二時になり昼食を軽く済ませて産業経済会館へと 急いだ。

「東海地震防災シンボジューム」
には地震についての研究成果を発表する学者や研究者そしてマスコミ関係者などのなかに損保業界から各社ごとに参加者がいた忠司もその中の 一人だった。
地震保険が阪神淡路大震災で脚光を浴びたことにより、保険に対する関心度は東京、
神奈川についで静岡も地震保険の加入率で表せるように伸びてきていた。
そして損保業界の社会的貢献も地震大国の日本において非常に重要な役割を成さなければならなくなってきていた。
それは忠司が神戸支店で地震保険の契約者に保険金を支払う損害処理の現場で経験したすべてが物語っていた。
まるでこの世とは思えぬ悲惨な状況のなか無我夢中で生きてきたあの時間(とき)のことが忠司の頭の中を駆け巡っていたが、
忠司は一つ深呼吸をしてから、胸の下で腕組みをして主催者の挨拶に耳をかたむけた。
静岡県の予想震度が色分けされた映像がスクリーンに映し出され、第三次地震被害想定についてシンポジュームが行われた。
まさにそれは東海地震が阪神淡路大震災を凌ぐ巨大地震であることを忠司に知らしめた。
そして忠司はスクリーンに映し出された被害想定の死者の数に唖然とし、いつのまにか忠司の身体は小刻みに震えていた。
「マグニチュード(M)8で地震エネルギーが阪神淡路大震災の十倍に相当するなんてどんな地震でしょね?」
と隣に座ったサラリーマン風の男が忠司に話しかけた。
唐突な質問に忠司は地震の恐怖心を押さえきれずに本心をスルッと喋ってしまった。
「想像を越えるものでしょうね。神戸の震災時にこれほど凄い地震はないと全身で感じたのにもっと巨大地震と言われてほんとうに恐ろしいです」
「神戸で震災に遭われたのですか?大変でしたね。私は札幌に住んでいましてテレビや新聞で被害を知るくらいでした。
昨年の暮れに転勤で静岡に来ました」
「そうですか。私はジャパン火災の片桐と申します」
と忠司は名刺を差し出した。
「ありがとうございます。ジャパン火災の片桐さんですか。私は東京海上の箕田と申します。宜しくお願いします」
同業ということもあって話題が途切れることなく二人の会話ははずんだ。
ステージではパネルディスカッションが始まり、パネラーが地震予知について語り始めた。
忠司は眉間にシワを寄せながらその話を聞いた。
このシンポジュームが明確にしているように東海地震は間違いなく起きる。
そのことは過去二十数年の地震観測から信頼性の高いデータがあるからで、
ただ今の段階では地震予知について問題があることも事実だ。
   被害を最小限度にしょうとすることが今を生きる私たちがしなければいけないことだと忠司は心から思った。
そして神戸の街は地震に無防備過ぎたと思った。
誰もが予想もしていない大地震だった。
地震後のライフラインはズタズタになり、多くのボランティアにささえられそう思っても、
箕田に向かって忠司は東海地震の現実を思うと
「きっと全てを壊滅させてしまうのでしょうね」
と平然とした顔で答えた。
答えてから忠司は心臓をギュートわしづかみにされたような苦しみが襲ってきた。
そして神戸では生き残れたが、学者が言っているような巨大な東海地震が起きたら生命(いのち)の保障どころか日本自体が分断されるのではないかと、
自然のエネルギーに立ち向かうことのできない現代科学の無力さを思い知った。

忠司は静岡に部長として栄転になった華やかな気持ちがこのシンポジュームに出席したことですっかり消えてしまった。
そして忠司が忘れようとしていた神戸の暗い過去が、東海地震の恐怖心に纏わりついてきた。