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ときは、一九四〇年
ところは、中国東北部遼寧省西部建平(旧満州熱河省建平県葉棺寿)。
いまとなっては、心中はなはだ忸怩たるものがあるが、
地形測量隊の軍属として彼の地の風物に接し、見聞を日記に書きとどめていた。
昨夏(一九八六年)、この日記を基に稿本を纏めたころ奇しくも、
「建平」(葉柏寿)と深く関わる二つの情報に接した。
所も同じ「建平」地域には、中国古代文明が五千年もの間、
眠っていた、との報道(注@)は私を少なからず興奮させた。
由々しき土の上に、それとは知らずわが足跡は印せられていたのだ。
もうひとつは、本文でも詳述している「阿片」の裏面史(注A)
が明らかにされたことであった。
いかなる宿縁によるものか、この不思議な「符合」が逡巡していた私を
出版に踏ん切らすバネとなったのである。
注@ 朝日新聞記事「中国遺跡発掘」6頁
注A 「満州阿片帝国で関東軍は何をしたか」123頁 |
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