| 写真集・ 松山城下 町と人 1983年刊 |
| 昭和23−24年ころ、町で撮った人物写真/松山の今昔 |
| 絶版 定価 2900円 |
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寒気が殊のほか厳しかったこの冬も過ぎて、漸く花開く春が訪れました。 しかし、それもつかの間、五月の若葉をかいまみるともう暑い夏がやって釆ます。 涼風が吹いてホッとすれば、樹々は落葉して冬将軍の再来です。 春夏秋冬、自然の摂理はいつの時代も正確な現象であります。 山陽は十三才のときに 「十有三春秋、逝く者は己に水の如し、天地は終盤なきも人生は生死あり、安くんぞ古人に類して千載青史に列するを得ん」 という詩をつくっております。 水の流れは同じでも月日は往きて永久に返ってまいりません。 亡くなった評論家の大宅壮一が松山にきましたときに 「人生はダブルヘッダーでありたい。一つは社会のため、もう一つは自分のために」 と色紙に書いて私に示したことがあります。 いつまでも生きたいと思いますのは、誰しもの願望ではありましょうが、死は誰にも公平にしかも確実に訪れます。 今日は昨日であり、昨日を今日にすることは絶対にできません。 戦争が終ってから三十余年の月日が流れました。 この歳月は短いようでもあり、遠い追憶の彼方のようにも思われます。 戦争というすべてが不安定な時代を過された人には当時のさまざまな想い出が去来するのではないでしょうか。 苦しかったことも悲しかったことも、三十年という月日できれいに浄化されて感懐のみが呼びおこされることと思います。 こんなとき山内一郎・上田雅一両氏の貴重な郷土の歴史を物語る写真集が刊行されることになりました。 山内氏は、戦災の焼け跡からずっと今日まで郷土のうつりかわりを振りつづけ、上田氏は三十年前の風俗を主にとらえておられ、 その執念ともいうべきフィルムにかける情熱には敬服のほかありません。 その社会的な業績は高く評価しなければならないと思います。 百聞は一見に如かずと申します。 この写真集を御覧になれば次から次へと当時が想起され生き抜いてきたという自負とよろこびがわいてこられることでしょうし、 若い人たちには自分の親が、祖父母が体験した歴史のなかで必ず学びとるものがあることを確信いたします。 両氏の労作に対し心から感謝の意を表したいと思います。
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