聖 一遍に思う
★ 繧繝絵巻 「一遍聖絵」の映像化について  上田 雅一(うえだ まさかず)

映像作家。海外での小型映画コンテストに51回入賞。

主な作品は8ミリ映画「古城再現」「土の暦」アニメ「なみだ」など。

一遍聖絵を現代の視点で考察し、鎌倉時代の人々の生活を映像で構築する8ミリ「一遍絵伝」を製作。  一遍会会員。

複製の複写であっても、原画は国宝、著作権法抵触の恐れなしとせず、さすれば国法順守の手順は踏まねばなるまい。
「一遍聖絵」所蔵者、歓喜光寺と、東京国立博物館あてに趣旨説明の連絡をとった。
折り返して返信あり。
「(国宝)一遍聖絵 歓喜光寺蔵 但し部分図版、中央公論社版より複写貴殿製作の八粍映画に使用することを許可致します。 河野良康住職」 
角判、契印押捺(おうなつ)の正式文書である。
東京国立博物館あての申請は、書式不備で再度却下、三回目にして認可番号第一六〇号なる許可書の交付を受けた。
こんどは、両文書のコピーを出版社に送り、承諾書をもらって、ようやく手続きを完了、所要日数四十八日。
価二万五千円の豪華本「一遍上人絵伝」解体という荒作業が映画製作の第一段階、とじ糸を切断する決断がつきかね逡巡(しゅんじゅん)、七日間は手つかず、 「南無阿弥陀仏!」 いったん実力行使に及ぶと、あとは情け無用、糸くずが散って、本の背が剥(は)げた。
337ぺ−ジがバラバラとなり、本の体裁は破壊されてしまった。
予知していたことながら撮影上の難点が二、三ある。
難点その一は、画図二ページ分を広げても、絵巻のような横すベリの流動美は望み得べくもない。
難点その二、ズームレンズを駆使して画面サイズを自由に変化させるのは容易。
が、超拡大して十三世紀の文化を探索ー顔料の色相や、はげ落ちた絵具の下にひそむ朽ち絹布をさぐることは出来ない。
本物ならばいざ知らず、印刷物とあっては、視野に超アップで入るのは、印刷用の網点模様である。
写真の色調、濃淡にしたがって、黄、赤、アイ、墨など各色点が離合集散しているのだ。
レンズと対象が一定の距離を隔てなければ、正常な画像は得られない、つまり、極端なアップ撮りは不可能なのである。
難点の三つ目は、連続する画が表裏に分割印刷してあるため、撮影も中断となる。
二冊あれば、この難題は解消するのだが、金がない。
網点という曲者(くせもの)に邪魔立てされながらも、聖絵十二巻四十八段を一遍とおりながら、撮影は終わった。
一段落であるが、不満は山積残留した。
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物語と絵が渾然(こんぜん)一体となって連なり、時間と場面が、転換変化するのが絵巻物の真骨頂であろう。
そのあまりにも映画的な、絵巻への執着もだし難く、一遍ゆかりの宝巌寺を訪う。
厨子(ずし)の一遍上人木像が、念仏を唱えられている。
両の瞳(ひとみ)に赤みが差す。
「わが目を見よ、赤き物やある」 示寂の五日前、聖戒に告げた。
「それ失(う)せむ時を最後と思うべし」 同寺所蔵の聖絵より巻一、長さ十一メートル余をひもとく。
本堂畳の間に引き延(は)う、ほどかれた巻軸が一遍さんの足下で静止した。
「なんじ、なにを為(な)さんとするや」 詰問する聖(ひじり)ーレンズをとおして絵を見る私のそばを、妄念がよぎった。
その昔、善男善女は合掌して、巻きほどき、巻き戻される絵の移ろいに恐懼(きょうく)したであろう。
シャッターを自動回転にセットすると、聖絵の端をもって引き続けた。
一息に、連続画面を長撮りしたのであった。
モノクロ単色ではあるが、コロタイプ印刷のこの複製に網点は皆無。
ズームアップに拡大してのぞく、実物の風合いを感じた。
色こそないが、絵絹の質感さえも伝わってくるよう。
次第に、意識が、遠い時間のかなたに溶けこんでゆく。
過去にむかって空想がひろがってゆく。
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天明九年四月、京都四条河原。
前の年の大火で、四条大橋は焼失、その復元工事の現場。
いましも鳩首(きゅうしゅ)凝議する大紋姿の面々。
一同の眼前にあるのは「一遍聖絵」巻七、第二段四条大橋の図。
誰人(たれびと)の才覚によるものか、拒む歓喜光寺住職を説得、強引に借り出して来たのであるが、このあと、聖絵巻七は寺に返却されず、転々と人手を経、特には将軍家所蔵になるなど流浪の運命をたどることになる。(現在は東京国立博物館所蔵)
青朽ち葉色の絹布に、「ー南無阿弥陀仏ととなへて我心のなくなるを臨終正念といふ、このとき仏の来迎にあづかりて極楽に往生するを念仏往生といふ」の詞文が終章して、橋上を往還する人物風俗図となる、八葉車(はちようのくるま)も、人も、橋も深い霧に垂れこめられて。
賀茂の流れでは裸の男たちが馬を洗っている。
流水を白群(胡粉=ごふん=に群青を混ぜた)を塗って、巧みな透明感を表出している。
「何として今更、このような古寂びたものを」無関心派もまじる。
河原を吹き渡って来た風に絵絹があおられた。
武骨なひげむじゃらな掌が押さえた。

「一遍聖絵」 歓喜光寺、東京国立博物館(所蔵) 中央公論社版

「心して扱われよ、寺宝ゆえ」 老匠が言葉を継いだ。
「この絵かきはただものならず。
よくぞここまで描きしもの、慧眼(けいがん)の人よ」 彼は、一同に説明した。
橋の中央部分の欄干ならびに橋床は段差をつけて施工してある。
これは出水時における橋の崩壊流失を小規模に止める工人の知恵。
柔構造の工夫がこの時代すでにあったとは。
かてて加えてこの絵師の鋭い観察、驚き入った、と。
「この絵巻は大いに役立った。
それにしても、法眼円伊とは、どのようなお人であろう」 賀茂の河畔に、ゆれる柳に、感嘆の人は言問うのであった。
時代は更にさかのぼって、正安元年(一二九九)ここ六条河原町に、木の香もにおう歓喜光寺が建立なり、落慶も明日に迫っていた。
発願以来八年を閲した「一遍聖絵」十二巻も完成して三方に積まれ、白布で覆われている。
「円伊殿、ご苦労でござったのう」 この寺を預かることになった聖戒は三十六歳、円伊は年長で四十代、いずれが兄とも、弟とも。
旅先では論争に弾けたことも幾度かあった。
「忠教公も仰せであった、円伊殿の賛画あったればこそ明日の開眼供養にこぎつけた。
改めて礼を言いまする」 「御坊こそ、祝着至極に存じます」 聖戒は頭をつるりとなでると 「巻七、四条釈迦堂の画図のなかに、私めを描きこんだのは例の軽みかな」 「そんなとこでしょう」 「聖の芳躅(ほうたく)を述べるが本筋とは申せ、酒脱(しやだつ)味もほしい。
硬軟とりまぜての配合が妙を得ている」 円伊は、過褒に閉口した。
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あまりにも映画的な、この絵巻「聖絵」を見た現代の映画批評家がーー。
法眼円伊の会心作 近年まれに見る出色の力作。
捨聖一遍遊行の跡を忠実にたどり、制作期間も八年を要した努力に脱帽。
綿密な構成に重みあり、山川草木、花鳥による空間の処理が見事。
俯瞰(ふかん)で画面に広がりと奥行きを見せたカメラ的手法には敬服。
人物群像が特に光っている。
東北の遊行につづく鎌倉入国への緊迫感。
おどり念仏興行の相乗効果はリズムを生んだ。
これが十三世紀の作品とは、いささか驚き。
必見価値あり。
(黙阿弥)
いっぽう、映画的な絵巻を映画化したわが作品の反響はどうであろう。
原作冒涜(ぼうとく)の愚編(世阿弥)、退屈千万(花の下十念)、磨き不足(光悦)、もっと、なんとか、ならない(出雲の阿国)、感応欠如(忠敬)、通り一遍だ(法眼円伊) 酷評、いちいちごもっとも、なのである。

昭和57年(1982)