上田雅一の略歴と渾名 「我阿忘」 ガーボ(gahbo)の由来
略歴 (映像作家・著述業)
1916 (大正5)
松山に生まれる
1940 (昭和15)
旧満州(現中国東北部)にわたる
1941-1945
兵庫県宝塚・川西航空機製作所
1948-1949
営業写真業
1950-1955
映画館勤務
1956-1970
愛媛新聞社
1970-1985
映画製作業
以後
著述、自作資料展示
ガーボの由来
わが渾名 我阿忘 「ガーボ」 (gahbo) の命名者は、八束稔兄である。
当時、神秘的魅力の大スター、グレタ・ガルポをガーボと託って、この名誉あるわが名が生まれた。
稔兄は今でいうマルチ人間で、多芸多能。
その美感覚は、商業デザイン、ディスプレーでは先駆的才能を発揮していたし、文筆でも豊かな天分を示していた。
週刊誌「サンデー毎日」 に入賞した掌編「呪われていいチンピラ」 では、
主人公、つまり作者の恋文配達人の失敗譜。その恋のメッセンジャー役が私。・・・・
「シネマな面々」 ガーボより 44ページ