第43回 『時代格差』
 ある集いの席で「映画談義」をつとめ、はたと困ったのは喋る側とそれを聴取する人たちとの年齢差による理解度の問題である。
 例えば、明治大正時代の活動写真について語る場合、往年の尾上松之助の人気も、忍術映画の表現価値も端的には通じない。
 その実証となる当時のフィルムたるや皆無とあっては、如何ともし難いのである。
「過去は始まりである」とはシェークスピアの言葉であるそうだが、なにごとも始まりこそが大事である。故きをたずねて新しきを知る、温故知新なのだ。
 材質の関係もあって活動写真時代の名画名作の多くは失われてしまい、昭和初期の傑作フィルムの多くも亡失してしまったのは残念であるも、奇しくも残存していた貴重なフィルムがあった。これらは後世まで伝え残して、絶対に役立てねばならない。
卑近な例で恐縮であるが、3〜40年以前に制作した拙作映画の場合、国の内外で評価を受けたものが数本あり、それらが最近において陽の目をみた。
昨平成14年には愛媛県歴史文化博物館の「昭和の街かど展」会期中会場で上映され、今年6月には、早稲田理工学部で参考映画として「古城再現」とアニメ「なみだ」が上映された。
 こうしたアマチュア作品についても何らかの施設において慎重に保存活用されることが望ましい。
上田雅一のシネマなページ