| 第34回 『古書店業』 |
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| 敗戦直後、それまで勤めていた宝塚の川西航空機製作所から松山に帰った折りは、これと言った仕事もないため如何にして生活すべきかと思案にくれた。 |
| 資本とて無い身で案じたのが古本屋業だった。早速に営業許可願なるものを警察に提出した。その一札が反故同然ながら今なお残っていた。 |
| 「(前文略)・・・古書籍、古雑誌、などの不用品の処分を望む者よりこれら物品を買い受け、主として罹災者並びに一般の者に之を販売し以って有無相通ずるの便宜を計り、その収益により生活費の道と為すと共に進んで復興途上の国力回復に必要なる貯蓄等にも努めむとす・・・(以下略)」 |
| これは代書人の執筆によるものであるが、当時の世情が伺えるのではあるまいか。 |
| 戦災を免れた道後の町で、空っぽの本棚並んだ空家同然の家を見つけ、本棚の譲渡方を申し入れたところ、共同経営話に変転。屋号も『萬葉書房』と決まり、看板も影浦稚桃さんのご揮毫で開店となった。 |
| 昭和21年2月の「預金封鎖」で買い入れ資金不足の不安も、「貸本業」と言うシステムが顧客から預かる「保証金」なるものが運用可能で問題は解消できた。 |
| 幸い世はまさに書籍払底のため、古本売買業は繁盛したが、一方、万引きという思わざる被害も少なくなかった。 |
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昭和21年 『萬葉書房』 |
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