第30回 『日記帳』
 如何した風の吹き回しによるものか、講師依頼を受けて慌てた。
 幸い、回想風な主題のため、長年書き綴ったわが日記帳がこの期に及んで役立った。草稿纏めに勤しみ、励んだ。果たして指名に値するだけの「講師」たりうるや否や。
 自身の記した過去の出来事をなぞり、確かめた。人様に斯くありたりと説く場合「何処で、何時、誰が」の事実確証がなければならぬ。
 過去の記述こそは重要な生き証人とし欠かせない。
 昭和44年8月に次のような字句があった、「里子が日記帳を処分せんとす」 里子、つまり妻が、多年書きつけたわが日記帳を焼くか、反故扱いせんとしたおり、危機一髪、焚書の難を免れ、今ここに長らえてあるのである。
 いちいちの書とめは無いが、里子の悪妻ぶりは枚挙に暇がないし、ここに列挙するつもりも無い。
 思いを転じ,私がこれまで、これまで気ままに職を変えても、両三度もインドに遊んでも、文句も言わず黙過したのは、妻の見識か、大した度量なのか。
 面と向かっては口にはしないが、この点では大いに妻に感謝している次第なのだが。
上田雅一のシネマなページ