第28回 『偉人伝』
 このコラム第24回「人間臭さ」で述べた八束清氏の載る「愛媛偉人伝」出版にあたり、ご遺族に写真掲載許可を願う交渉人を命ぜられ、はっと困った。
 誉め称えた「偉人伝」とは異なり、その人となりを親しみ易く、打ち明けた話を、とある講座の席で喋ったばかりなのだ。その事については、本欄で記したが。
松山市 札之辻(昭和7年頃)
カメラの位置が八束清宅
半鐘台の向こうは愛媛師範学校
 例えば、京に移り住んだ当時の彼を追った芸者の浮名話などは、言わでものことだったが。宇治市のご家族の元に講座の草案は報告送付済みである。この時点で息子さんたちは「亡き人を冒涜した奴」とお怒りであった筈だ。
ご機嫌斜めな筈の相手様に申し上げられた筋合いではない、と思った。
しかし、出版元に余裕も容赦もなかった、一刻も早く諾否が知りたいとせき立てる。侭よ、とばかり宇治に電話した。
 案ずるより生むが易し。 電話の声は快諾だった。
 「愛媛の偉人伝」の発刊は私にとっても喜ばしい、八束清氏はある意味でわが師であり、兄貴であった。
 仮借なき指導者であり、人生の良き先導者でもあった。
上田雅一のシネマなページ