第26回 『日本人の顔』
 写真が誕生して160年、映像記録の重要性に目覚めて収集保存を開始しだしたのは10年ばかり前のことだ。
アラーキー氏も、「ひとの顔写真こそは、後世へ残す貴重な”財産”」であると言う。
 自慢めいて面映いが、昭和23、4年のころ撮った人物顔写真を出版し、展観したのは1984年(昭和59年)のことである。
 当時の朝日新聞に「顔は時代相で変わるのか」の見出しで、次のような紹介記事が載った。
 「民俗学者柳田國男は『明治大正史・世相篇』で、
『(久しぶりに日本に戻ってきた上山草人が)何だか東京人の眼がたいへんに怖くなっいると言った。それが一部文士の間に問題になったそうである。こういう感じには個人の立場が働くから、よほど重ねて見ないと事実として取り扱いにくいが、それは我々にはありそうに思われる変化である』
上山草人(1884〜1954) アメリカ・ハリウッドで活躍。
帰国後「赤西牡蠣太」で好演。
上田雅一 「ひとの顔・まちの顔」
・・と。
 その柳田國男氏が、昭和26年の「アサヒカメラ」誌に「戦後、日本人の顔というものが、すっかりなくなってしまった。よっぽど辺境へでも行かないと見ることが出来ない。ぜひとも、今のうちに『日本人の顔』と言うものを記録しておきたいものだ。と述べていた。
上田雅一のシネマなページ