第22回 『講話の草案』
 この夏、愛媛県歴史文化博物館で開催の「昭和の街かど展」会期中に出展者のひとりとして、展示関連の「講話」なるものを引き受ける羽目となった。
 さて、人様に向かって何を如何に話すべきかを考えた。
 一介の小輩の「話」を多忙で貴重な時間を割いて、どれほどの人が来られることか。たまたま「間違って」来られた方々が、来て聴いて良かったと言い得るような話でなければならぬ。
 持ち時間約2時間「実の有る話」が出来得るであろうか、考えた。
 とっておきの話などはない。時事清談など話せるワケがない。そうだ「この世」に遺す忘れ物というものが誰れびとにもあると思う。ひとは必ず死に果てる。そのものが言い残すこと、「遺言」である。その神聖で重要なことば、それなのに遺し忘れがちな「遺言」。私自身が、うっかり忘れるところだった。
 「私の遺言」タイトルも決まった。
どなた様にも、これならばお聞き願えそうである。
上田雅一のシネマなページ